慶應における臨床研究

臨床研究の実施に当たる基本的な考え方

慶應義塾大学病院は、慶應義塾の創立者である福澤諭吉の「実学」や「独立自尊」の精神に加えて、初代医学部長・病院長の北里柴三郎が医学部創立時に説いた「基礎・臨床一体型の医学・医療の実現」を理念としています。
『実学』の精神とは、実証的根拠に基づいて事物の真理を追究・判断することによって、新たな価値を創出し、直面する課題を解決していこうとする姿勢です。慶應義塾大学病院で展開される臨床研究は、この『実学』の精神に基づいて実施されています。また、研究者は、『独立自尊』の精神に根ざし、独立して互いに切磋琢磨し、研究成果を社会に還元すべく臨床研究に励んでいます。

基礎・臨床一体型の医学・医療を北里柴三郎初代医学部長・病院長はドイツ留学時、コッホに師事、1889年世界で初めて破傷風菌の純粋培養に成功するという偉業を成し遂げました。その成果は基礎研究のみに留まらず、翌年には破傷風毒素に対する血清療法を発表し、革新的な実用研究として世界を感嘆させました。その後も数多くのすぐれたトランスレーショナル研究成果を挙げ、帰国後には、創立者 福澤諭吉の支援の下、伝染病研究所を設立し、血清療法の臨床応用を進めました。まさに基礎研究と臨床研究が一体となった医学・医療研究を実践してきた北里の精神は、慶應義塾大学医学部・病院設立の礎となり、今も慶應医学の伝統として活き続けています。
臨床研究の役割と使命は、研究成果を広く社会に還元することを目的とし、コンプライアンスを核とした臨床研究(質の担保)を実施し、目先の研究成果にとらわれず、広い視野に立って、人類の持続的発展に責任を持ち、将来にわたり社会利益に貢献することです。
慶應義塾大学病院は、医学部・病院の総力を挙げて臨床研究に取り組み、次の4つの理念を具現化します。

  1. 患者さんに優しく、信頼される患者中心の医療
  2. 先進的医療の開発と安全・安心な医療
  3. 豊かな人間性と深い知性を有する医療人の育成
  4. 人権を尊重した医学と医療を通じた人類の福祉への貢献

他の医療機関とともに行われる臨床研究の支援に対する基本的な考え方

慶應義塾大学病院は、自施設のみならず、他の医療機関で実施する臨床研究を積極的に支援し、医薬品、医療機器、再生医療等製品などの実用化を効率的に進めることを基本としています。
2014
8月に設置した臨床研究推進センターは、自施設、他施設の区別なく医療研究開発シーズの各段階に応じた包括的研究支援を行い、基礎、非臨床から臨床までのあらゆる研究開発段階の課題を、どのステージからも受け入れ可能としています。受け入れられた研究課題・シーズは、研究開発の専門家からなるシーズ評価委員会において、最適な知財戦略・産学官連携・試験計画デザイン・規制当局対応などの支援内容について協議され、戦略的な橋渡し研究を進める体制が構築されています。一日も早い実用化を目指し、早い段階で積極的に企業に導出するための支援も実施しています。更に、ISO15189を取得した専用の検査室や、サテライトファーマシー、安全性や薬物動態を調べることを目的とした健常者を対象としたFIHFirst In Human)試験を始め、患者さんを対象としたFirst in Patient 試験やPOCProof of Concept)試験など早期臨床試験の実施に対応し、アカデミアにおける新薬開発の支援体制も整えています。
多施設臨床研究ネットワークは、慶應義塾大学関連病院会(計99施設)を初めとする学内外のネットワークです。定例会を開催して人的交流を促進し、共同研究を推進し、密接な連携のもと情報インフラ整備を通じて疾患レジストリなど患者リクルート体制を整備し、臨床研究開発のさらなる推進体制を強固なものとしています。また、2017年に設立された首都圏ARコンソーシアム(Metropolitan Academic Research ConsortiumMARC)においても、首都圏(関東近郊)で実施可能な多施設共同臨床試験があれば速やかな対応が出来るよう準備を進めています。

臨床研究の適正実施に向けた病院全体の取組

臨床研究推進センターは、病院管理者(病院長)を長とし、臨床研究を推進する一気通貫の一元管理体制です。そこには、アカデミアが持つ豊富な人材を活かした

  1. 臨床研究の成果を新薬や医療機器の基礎的探索に資する役割(back translation / reverse translation)
  2. 開発候補品の非臨床試験による安全性・有効性の検討(translational research)
  3. *FIH開発候補品の非臨床試験による安全性・有効性の検討(translational research)試験を含む早期・探索的臨床試験、医師主導治験の計画・立案・実施
  4. 研究データの品質管理(データ管理、モニタリング、監査)
  5. 薬事戦略作成、機構相談支援
  6. 生物統計家による統計解析
  7. 開発候補品の知財管理・企業との連携・導出の支援
  8. 研究者に対する臨床研究関連規制要件の教育研修

など、臨床研究を推進するための支援体制が構築されています。

さらに、臨床研究推進センターは、臨床研究における被験者保護、科学的妥当性と成果の信頼性の確保、および適用規制の遵守を検証し、適正な臨床研究の実施を支援するため、2019年に院内に設置された「臨床研究監理センター」と密接に連携し、組織横断的に活動しています。

慶應義塾大学病院において実施される臨床研究については、院外の委員で構成される「特定臨床研究監査委員会」が設置され、適正実施状況に関する確認を受ける仕組みを整えています。また法令やガイドラインの規定に従い、病院治験審査委員会、病院医師主導治験審査委員会、慶應義塾臨床研究審査委員会、慶應義塾特定認定再生医療等委員会、医学部倫理委員会の各委員会が設置され、開始前から終了後までの適正な実施を審査しています。さらに医学部・病院臨床研究委員会、医学部利益相反マネジメント委員会などが、これらと独立した立場から、適正な臨床研究の実施を支援しています。
不正行為に関する通報、告発、相談については、「公益通報(内部通報)窓口」を設置して各種手段により受け付けており、「臨床研究活動における不正行為に関する調査ガイドライン」に基づいて適切に対処する体制を整えています。

臨床研究推進センターは、病院のみならず医学部のエキスパートな人材を活かし慶應医学会総会・シンポジウムなど様々な研修の企画、立案、実施に取り組み、学内外の臨床研究に携わる想像性豊かな人材育成、臨床研究を支援する専門的知識の高い人材の育成を推進します。
研究成果は広く国民に対し、慶應医師会市民公開講座ほか慶應義塾大学病院ホームページ・臨床研究推進センターホームページ、医療・健康情報サイト(KOMPAS)、病院総合案内(パンフレット)、医学部新聞等々普及、啓発、広報活動を積極的に行い、社会に還元しています。
慶應義塾大学病院は、被験者保護を第一として、患者さんの安心、安全を最優先に考えた法令順守の臨床研究を実施しています。病院内の患者サポートセンターに患者さんやご家族が気軽に相談できる専用窓口を設け、特定臨床研究に参加することによる質問や不安に応えられる体制を整えています。そして、一日でも早く最新の医薬品、最先端の医療技術を患者さんに届けることを目指しています。