第8回:中川 敦夫 特任講師

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第8回。臨床研究推進センター教育研修部門長の中川 敦夫(なかがわ・あつお)特任講師をゲストに、臨床研究における教育の重要性を中心にお話を聞きました。

Profile

中川 敦夫 特任講師
慶應義塾大学病院
臨床研究推進センター・教育研修部門長
大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

臨床研究との出会い

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大家教授(以下、大家):中川先生は、精神科の先生と伺っています。臨床研究推進センターの教育ご担当になられた経緯について教えてください。

中川 敦夫 特任講師(以下、中川):私は、現在もセンターの業務のかたわら、精神科で診療も担当しており、主にうつ病を専門としています。研修医の頃、うつ病を始めとする精神疾患の治療法は指導医の経験や好みで決まることが多く、患者さんが良くなる場合もあれば、そうでない場合もあり、何かあまり科学的ではないなと感じていました。そうしたことから、どうしたら治療成績をより向上できるか、何かヒントがないかと論文を読み始めたところ、思いのほか多くの実証的報告がされていることがわかりました。さらに、論文を読んでいくうちに、どのようにして診療を向上させるためのエビデンス(根拠)をつくるのか、という研究の方法論の部分に興味を持ち始めるようになり、患者さんを対象とした臨床研究に少しずつ興味を持っていきました。その後、アメリカのコロンビア大学に留学する機会を得て、他のリサーチ・フェローと一緒に臨床研究の方法論を学びました。そこで学んだ臨床研究に関するノウハウを、帰国後は、どのように臨床研究として実践し、またその志を同じくする仲間をどう作っていくか、試行錯誤をしておりました。その後、国立精神・神経医療研究センターに勤務をするようになり、ひょんなことから同センターの臨床研究教育研修室を担当することになったのが、臨床研究教育に従事するきっかけとなりました。

大家:コロンビア大学への留学は、最初から臨床研究をすることが目的だったのですか? それとも精神医学の勉強をしているうちに、臨床研究へと関心が移ったのですか?

中川:正直にお話すると、最初はニューヨークに行きたいという思いで、コロンビア大学を選びました(笑)。当時は自殺者が年間3万人を超えるなど社会問題となっていましたので、自殺対策研究に取り組もうと思ったのです。それまでは日本で主に診療を行っていたのですが、臨床研究の経験はほとんどなかったので、方法論やスキルを学ぼうと思ったのが始まりです。学んでいくうちに、診療と臨床研究が非常に深くつながっていることを実感し、さらにコロンビア大学の臨床研究に参加することで、学びを深めていきました。

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大家:医学生の頃、さまざまな診療科を経験しましたが、精神科だけ少し異なる印象を受けたことを覚えています。精神科では、医師が患者さんと向かい合ってお話を聞く過程において診断や治療方針が決まっていく。私のような外科系の医師からしますと、精神科は臨床医学の中でも、診断や治療のプロセス、特にアプローチがまったく違うという印象が強いのですが、それは今でも変わらないのでしょうか?

中川:内科や外科のように、精神科でも生物学的な指標を用いた診断や治療を目指してはいるのですが、対象が複雑な脳や心であること、また、かなり個人差や状況による変化もあり、生物学的な指標のみで完全に診断や評価をすることはなかなか難しいです。やはり、専門医が診察して、検査結果に加えて、本人や家族からの訴え、徴候、これまでの経過、生活史などから総合的に判断しています。その点では、高度な専門技術が要求されます。

大家:エビデンスの構築といいますと、私たちは薬を使った大規模臨床試験というイメージを持ってしまいますが、コロンビア大学での臨床研究も、やはり薬剤をつかった研究でしたか?

中川:コロンビア大学では、薬物療法と精神療法(心理カウンセリング)の臨床研究の両方を行いました。実は精神療法などの非薬物療法の研究がかなり盛んで、私もはじめは薬物療法を勉強していたのですが、非薬物療法にも興味を持ち、今も精神療法の1つである認知行動療法の臨床試験を進めています。実を言うと、薬物療法も非薬物療法も、臨床研究のデザインの方法は共通する部分が多く、基本は同じです。むしろ、非薬物療法のほうが、よりデザインが重要になります。また、非薬物療法の臨床研究は、治験と違い製薬会社や治験に精通しているスタッフの経験や支援が得られにくいということから、自分たちでかなりのことを行わなくてはならない、という難しさもあります。

大家:私は、薬物の医師主導治験などを進める中で、プロトコル作成などを、臨床研究推進センターのみなさんにサポートいただいて、うまく軌道に乗っているのですが、非薬物療法となるとさらに専門性が高そうです。だからこそ、中川先生がなさっていることは、やりがいがありそうですね。

臨床研究に教育が必要なのはなぜか

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大家:臨床研究推進センターが軌道に乗ったところで、教育研究部門長に就任されました。どのような背景があったのでしょうか。

中川:最近の医学部や大学院では体系立てた教育プログラムが始まっていますが、私が学生であった約20年前は、ほとんどありませんでした。しかし、臨床研究を適正に進めるにあたっては、臨床研究に関するさまざまな知識や実施のためのスキルが絶対的に必要であり、それを体系立てた教育の機会が必要となってきました。 また、臨床研究は、診療と同じく、一人では決してできません。チームワークが必要です。みんなで一緒に勉強できる、研究者だけでなく病院の職員も一緒になって、一つのものをつくりあげていく。そして、明日の診療の向上に資する臨床研究を実践していく、そういうカルチャーを慶應義塾大学病院に醸成していくことが求められてきました。このような背景があり、臨床研究教育が注視されるようになったのだと思います。

大家:臨床研究に教育研修が必要な理由について、先生のお考えをお聞かせください。

中川:臨床研究は、さまざまな専門性に支えられており、それらを一人ですべて学ぶのは正直難しいのですが、技能や知識という面での体系立てた勉強は必要になってきます。なぜ学ぶ必要があるかというと、一つはやはり臨床研究の歴史にあります。これまで新たな科学的知見を得るために、人類はさまざまな臨床研究を行い、トライ&エラーを積み重ねてきました。その過程は、必ずしも被験者にとってよいものばかりではなく、痛ましい事件や事故がたくさんあったのです。そういう歴史を繰り返さないためにも教育は必要だと思います。 また、最近では研究の科学性の問題も話題になっています。臨床研究は、本来未来の患者さんの診療向上のために行っているはずのものです。しかし、目的がだんだん逸れて、研究者の欲しい結論を得るために、データを差し替えるというような、科学ではあってはならないことが起きることがあります。そこにはもしかしたら、研究者が公正な研究の意義を十分に認識していないがゆえに陥ってしまう「悪魔のささやき」があるのかもしれません。そういう様々な事例の背景を知り、科学性を担保する意義をきちんと学ぶ必要があると思います。

大家:臨床研究の講座というと、統計や倫理について学ぶイメージしかなかったのですが、それだけではない、というわけですね。臨床研究はチームで取り組むものであって、その手段として統計や、もっとファンダメンタルな部分である倫理を学ぶ。しかも多層的で体系的に学習するもの、と考えてよいのでしょうか。

中川:まさにおっしゃるとおりです。それこそが、私が留学して経験した驚くべきことでした。みんなで知恵を出し合って、多層的に、非常に広い視野で取り組むものだということを痛感しました。

段階的に学べる、教育・研修プログラム

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大家:臨床研究推進センターのWEBサイトには、中川先生が主として企画していただいている講習会やセミナーが多数あります。ぜひ解説をお願いいたします。

中川:現在、教育・研修には大きく二つの柱があります。一つは研究者向け、もう一つは病院の職員やこれから研究を始めようとしている初学者向けです。

研究者向けの教育・研修(コース案内)について説明しますと、基礎編として「臨床研究講習会」を年に2回行っています。この講習会では、研究倫理、研究デザイン、生物統計、モニタリングの基礎など、臨床研究を行う上での基本的なことを一日かけて学びます。

さらに実践的なスキルが必要だという方には「臨床研究デザイン・医学統計学ワークショップ」があります。これは実際に統計ソフトを使って、データを入力、解析して学ぼうというものです。こちらも年2回、開催しています。夏は介入研究、冬は観察研究とテーマを分けており、半日のワークショップです。

また、臨床研究の計画(プロトコル)を一日かけてつくる「臨床研究プロトコールワークショップ」という研修もあります。グループでテーマを設け、最後に各班で作成したプロトコル骨子を発表し、ファシリテーターや参加者から総評をもらうというピアレビュー形式で行っています。昨年から始めた研修ですが、非常に実践的で、プロトコル作成のポイントがわかると高い評価をいただいております。

「臨床研究プロジェクトマネジメントワークショップ」は、研究プロトコルができた段階において、プロジェクトの必要人数やスケジュール管理など、実際の臨床研究をうまく運営するためのマネジメントのやり方を、臨床研究支援部門のプロジェクトマネジャー菊地佳代子さんをはじめDIA Japanの先生方を講師に招いて行っています。これも非常に実践的で、具体的な問題をどう解決するか、演習を取り入れた内容となっています。

このように、基礎から実際のスキルに特化したものまで、幅広いテーマで行っています。研究者向けの教育・研修は、特に参加型のワークショップに力を入れています。なお、初学者向けとしては「臨床研究推進啓発セミナー」開催日案内)として年間7つのセミナーを行っていますが、詳細は臨床研究推進センターのホームページをご参照ください。

大家:素晴らしいプログラムですね。日本全体の動きを見ても、これからのアカデミズムにおいて、臨床研究の実施はますます重要となるはずです。しかし、現実的には、臨床研究に対する取っ掛かりがない先生も、まだかなりいらっしゃると思います。そういった先生がたには、まず初心者向けの教育・研修を受けていただくと、臨床研究が身近なものに思えて、モチベーションが湧いてやる気になる。すると、欲が出てきて、もっと難しいものを学びたいという気持ちになり、基礎の講習に行き、さらに実践的なワークショップに参加するという流れになるわけですね。そうして若い先生がたは、段階的に成長していくのではないでしょうか。そして、学びながら自分たちの専門における臨床的な問題点の解決のために臨床研究を構築したり、企業治験に参加して、だんだんと慣れてくる。さらには、資金を獲得して医師主導治験を行うまでにもなるかもしれない。おそらく何年もかかる長い道のりですが、日常の診療をやりながらも、一歩一歩、少しずつ階段を登っていける。そのための学びの基礎が、臨床研究推進センターの教育研修部門ができたことによって、実現可能になったのだと思います。

中川:ワークショップ形式をとっているので、同世代など、横のつながりができるものメリットの一つだと思います。お互いに相談しながら、みんなにとって良い方向を目指すという雰囲気もできると思います。さまざまな形で貢献したいですね。

診療と臨床研究は、つながっている

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大家:若い先生方が臨床研究を身近に感じるには、最初にどのようなアプローチがよいと思われますか。

中川:いろいろな臨床研究があると思いますが、よく大学院生に話をするのは、「臨床も研究も丁寧な観察からだ」ということです。やはり、観察が最初のステップだと思います。観察の数が一例だけだったら、それは症例報告です。それを少し増やすとケース・シリーズ。さらにそれを追いかければ、前向きコホート研究になります。そこに介入を加えれば介入研究になります。そのような段階があると思うのです。ですから、まずはきちんと臨床医として観察できるスキル、すなわち患者さんをきちんと診察できるスキルを持って、それを深めていくことが研究の取っ掛かりとしていいと思います。まずは、症例報告、ケース・シリーズ、前向きコホート研究を経て、次に小規模な介入研究、そしてRCT(ランダム化比較試験)と進んでいくことができます。

大家:やはりここでも段階を追ってやっていくことが大事なのですね。医師になって一年目のときに何をやっていたか思い返してみると、確かに症例報告をしていましたね(笑)。でもあの症例報告というのは非常に大切ですよね。一人の患者さんの問題点を突き詰めることによって、学問が深まり、自分の専門性を高め、ひいてはその分野の専門家として世界に向かって情報を発信することにつながるわけです。まさに中川先生がおっしゃったことというのは非常に参考になるアプローチだと思います。

中川:臨床研究をするには、研究疑問をしっかり考えることが極めて重要です。自分は何がわかっていなくて、何を明らかにしたいのか。これに尽きると思います。丁寧な臨床を続けていると、必ず、よい臨床疑問の発見があります。日々の臨床のなかで、実はこれはわかっていない、という疑問がたくさんあると思います。それが見つかれば、きっといい研究につながると思うのです。これはよく、大学院の先生にもお話していることです。

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大家:もっと極端なことを言うと、「教科書に書かれていることも信じるな」ということかもしれないですね。少し専門的なことをお話すると、私が若い頃は、腎臓がんは多中心性なので、部分切除はダメだと言われていたのですが、「そんなものはない」ということを私自身が証明したことがあります。例えば、膀胱がんや前立腺がんは、組織の中のいくつもの場所でがんが発生するので、手術で切除するとたくさんのがんが見つかります。腎臓がんも多中心性発生という論文が出ていて、一つがんを取っても、絶対に残っているからダメだ、と言われていました。ところが、私がフレッシュマンの時、手術してもいつもがんは一つなのです。私は「これはおかしい。論文の報告は実は違うのでは?」と疑問を抱きました。そこで、108個のホルマリン検体を数ミリずつに切って調べてみたところ、やはり多中心発生ではない、ということが分かったのです。では、なぜ多中心発生と言われていたか。がんというのは、最初は丸い形をした塊ですが、だんだん大きくなると手足が伸びてくるみたいに蛸足状になります。蛸足状のものを切ると、ある断面では2個に見えるのです。たったそれだけのことに気がついたというだけの話なのです。しかし、その結果により腎臓がんの治療方針が変わり、今では腎臓がんを部分切除するのが一般的になりました。論文や学会報告として世間に出ると、みんなそれを信じてしまうのですが、実は違うのかもしれない、という疑問がすごく大切だと思います。そういう疑問の糸口は、実はいろいろなところにある気がしますし、いつもそのきっかけは、臨床の観察にあるのではないでしょうか。世の中で信じられていることが自分の印象と異なったら、一度は調べてみる価値があると思いますね。

中川:まさしくそこが、臨床医が臨床研究を行う意義だと思います。そこは、やはり臨床医でないと重要な臨床疑問を突き詰め、よい臨床研究計画を立案できません。医学への新たな貢献は、臨床的な視点がとても重要だと思います。

大家:私が30年以上前の精神科のポリクリ(病院実習)で学んだことは、医師の先生が何十分も時間をかけて患者さんのお話を聞くということです。特に初診の患者さんに対して、「これ以上、言いたいことはない」というところまで聞く。これは今でも私が影響を受けて実践していることですが、患者さんのお話をよく聞くと、すごくいろいろなことが見えてきます。患者さんが一番気になられている、不安に思われている事項を丁寧に説明することができ、その結果、スムーズに治療が進むように思います。今日は臨床研究の話ですが、もっと根幹にある、患者さんと接して、そこから話を聞き出すことの重要性にもつながってきましたね。それが、どこかで臨床的疑問にもつながる、ということではないでしょうか。

中川:そのとおりだと思います。それが臨床研究につながれば、きっと患者さんにとって、本当に役立つ、あるいは臨床医にとっても役立つ成果が現れると思います。やはり、臨床研究と診療はつながっている、ということなんですね。もちろん、診療と研究の目的は違うので分けて考えることは重要ですが、臨床研究の目指すものは必ず診療につながっていくものである、それがやはり非常に大切だと思います。

さらなる臨床研究教育の充実を

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大家:現在の教育を続けていただくことはもちろん、さらに今後お考えがあれば教えてください。

中川:お忙しい先生が多いので、どのようにして、教育機会にアクセスしやすくするか、もっと研修を受講しやすくするかが課題です。ビデオ学習やeラーニングを一つの解決策として、もっと充実させようと考えています。とはいえ、演習による参加型が一番身につくと思いますので、臨床研究のさまざまなレベルやステージに合わせて、教育内容も充実できればと思います。

大家:ぜひお願いします。若い先生が興味を持ったらチャンスです。私は、鉄は熱いうちに打て、だと思っています。そうやって若い先生のモチベーションを高めて、その先生のスキルがアップしていけば、全体の発展や繁栄にもつながっていくと思いますので、ぜひ今後ともご指導をよろしくお願いいたします。

対談後記

170331_Nakagawa_29_small.jpg今回のインタビューを受けながら、自分自身の体験を振り返り、臨床医が行う臨床研究の意義をあらためて考えさせられました。臨床研究教育というと、生物統計や倫理指針のテクニカルなことについて学ぶイメージがありますが、大家先生との対談を通して、医師として患者さんを丁寧に診察し、そこから臨床疑問を突き詰め、それを解決するために臨床研究を通して実証的に真理を解明しようとする科学への真摯な姿勢が基本理念であることを気づかせていただきました。本当に患者さんのためになる臨床研究のさらなる推進を目指し、お互いに学び合い、教え合い、ともに高めていくという「半学半教」の精神で今後とも教育に関わっていきたいと思います。今回このようなインタビューの機会を与えて頂き誠にありがとうございました。

中川 敦夫 特任講師



170331_Nakagawa_24_small.jpg中川先生の教育プログラムについてお聞きし、正直、私がもうちょっと若ければぜんぶ参加したいと思いました。そうしたら泌尿器科をやめてしまうかもしれませんが(笑)。教育プログラムの内容をとても工夫していただいているので、これからの若い先生は本当にモチベーションを持って臨床研究へ入っていっていただけると思います。まず一つめは、臨床研究推進センターで教育研修を受けること。二つめは、自分のテリトリーでしっかり患者さんを診る、ということ。これが、若い先生が、患者さんに有意義な臨床研究を実施いただくコツだと再確認させていただきました。中川先生、今後ともよろしくお願いします。

大家 基嗣 教授