第4回:望月 眞弓 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第4回。慶應義塾大学病院 薬剤部長である望月眞弓(もちづき・まゆみ)教授をゲストに、薬学の視点から、臨床研究推進センターにおける役割や、今年3月25日に臨床研究中核病院に認定された、慶應義塾大学病院における今後のミッションについて聞きました。

Profile

望月 眞弓 教授
慶應義塾大学病院・薬剤部長
慶應義塾大学薬学部医薬品情報学講座・教授
大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

医薬品を「情報」面からアプローチする

大家教授(以下、大家):慶應義塾大学病院 薬剤部の望月眞弓教授にお越しいただきました。薬学の分野からは初めてのご登場です。どうぞよろしくお願いいたします。

望月教授(以下、望月):よろしくお願いいたします。

大家:一口に薬学と言っても、専門分野が分かれていますので、まず、望月教授ご自身のご専門について教えてください。

望月:私は「医薬品情報学」が専門で、2007年度から講座を持っております。この講座では、医薬品情報の創出・評価・活用に関するさまざまな研究を行っています。医薬品はさまざまな「情報」が付加されていないと機能しませんので、それに関する研究です。

大家:情報といっても非常に多層的ですよね。薬そのものの出自に関する基礎医学的な、医師を代表とする医療者側に提供するような「情報」。あるいは、薬学の専門家同士が交換するような「情報」。あるいは患者さんに提供するような「情報」。大きく分けて3つくらいありそうですよね。講座ではそのすべての情報を研究対象としているのですか?

望月:特に、「使う段階での情報」を中心にしています。具体的にお話しすると、患者さんの中でも、薬が効く人、効かない人、副作用が出やすい人、出にくい人がいらっしゃいますよね。それを遺伝子情報を分析して患者さんの遺伝子的特徴を把握し、適切な薬剤を選択、最適な用法用量で投与するために必要な「情報」をつくる、いわゆる「ファーマコゲノミクス」と呼ばれる分野の研究に力を入れています。また、医療ビッグデータと呼ばれる、患者さんの診療情報や、入院、外来、調剤などのレセプトデータを使って、実際に薬が使われた結果、効き目や副作用がどう出ているのかを集団として解析して、次に有用になる「情報」をつくったりもしています。ある種の情報学ですね。

大家:なるほど、そうなんですね。

望月:患者さん向けの「情報」という意味では、少し心理学的なアプローチも入ります。患者さんに、最終的にお薬をお渡しするのは薬剤師ですが、その薬剤師がどんな情報を、どういう提供の仕方をしたら、患者さんが自ら積極的にお薬を使い続けてくださるか、ということも研究領域です。特に血糖値や脂質が高いなどの慢性の患者さんの場合、ご自身で症状の改善を確認することができないため、積極的にお薬を使い続けていただくのがなかなか難しいので。

大家:なるほど。その心理学的なアプローチについて、もう少し具体的に教えてください。

望月:まだ着手したばかりの研究なのですが、患者さんへのアプローチに関するアルゴリズムをつくっていけるとよいのではと思っています。つまり、患者さんの中には、ご自分の病気のことを自分のこととして捉えられていない状態の方や、自分の事として捉えられつつある状態の方がいらっしゃいます。あるいは、いろんなことを受け身で捉えられる性格の方と、自分で能動的に進められる性格の方がいらっしゃいます。患者さんの状態や性格によって、薬剤師側のアプローチの仕方も変わってきますので、その対処方法をある種のアルゴリズムで整理できたら、と思っております。

大家:よくわかりました、ありがとうございます。

OJTで、最新の臨床知見を教育に

大家:望月教授は、2013年の7月から昨年の9月まで薬学部長を務められていらっしゃいましたが、そのご経験を振り返って、なにか印象に残っていることはありますか?

望月:慶應義塾大学の薬学部は、2008年に共立薬科大学と合併して設置され、私はその5年目に薬学部長に就任しました。医学部ではよく基礎研究と臨床は両輪だと言われますが、薬学はそれまでどちらかというと、基礎を中心に動いていた学部でした。しかし、2006年に薬学教育6年制がスタートしたこともあり、薬学も基礎と臨床の両輪をしっかりやっていきましょう、という方針を打ち立てました。その方針の下、学部長としてさまざまなことに取り組みましたが、一番大きかったのは、慶應義塾大学病院との連携を図り、薬学部の臨床系教員に、病院の薬剤部でのオンザジョブトレーニング(OJT)を取り入れたことです。

大家:どんなOJTですか?

望月:薬学部には、基礎薬学を教える基礎系教員と、臨床上の知識や技能を教える臨床系教員がいます。臨床系教員は、かつて医療現場で薬剤師経験がある人を中心に構成しているのですが、どうしても時間が経つと最新の医療に関するアップデートができずに、臨床の教育が今の医療から離れてしまう可能性が出てきてしまいます。そこで、始めたのが教員のOJTです。4名ほどの教員に、週1回、病院の薬剤部で、薬剤部の仕事はもちろん、感染制御のチームや緩和医療のチームなど、医師や看護師さんたちと一緒になって、仕事を経験してもらっています。今、始めて1年くらいです。

大家:大学という教育現場と、病院という臨床の現場との密な関係がなければ、できない施策ですね。

医療の「現場」と「学問」の懸け橋に

大家:そして、昨年10月からは薬剤部長に就任されました。

望月:端的に申し上げますと、就いてよかった、と思っています。私は、かつて15年ほどある大学病院の薬剤部で仕事をしていた経験がありましたので、医療の臨床の現場にはなじみがありました。今までは薬学部という第3者の視点から病院や薬剤部を見ていましたが、私がいた薬学部まで、十分に現場の情報が伝わってきていない側面がありました。でも、実際に薬剤部で働く身になってみると、それぞれの立場や状況がよく分かりそれぞれに何が不足して何が必要かが見えるようになりました。私が、薬学部に薬剤部の状況を説明して、お互いに協力し合えるような「懸け橋」の役割を担えるようになったのはよかったと思っています。

大家:まさにそれこそ、基礎と臨床の両輪といいますか、薬剤部という現場で出た問題を、学問の場である薬学部で検討するというようなことですね。双方向に機能する可能性が出てきたというわけですね。

望月:そうなるように努力したいと思っています。

大家:私は、医療で最も大切なのは、現場で出てきた疑問をいかに解決するかということだと思います。解決イコール、医療の進歩だと思いますね。

薬剤部のミッションとは

大家:改めて、薬剤部の役割について教えていただけませんか?

望月:私たち薬剤部の役割は、安全に安心して患者さんに医薬品を使っていただけるように、薬を提供していくことです。薬は両刃の剣と言われるように、効果と副作用の両面があります。量を間違えたり、飲み合わせや組み合わせに問題があると、大きな副作用につながってしまう可能性がありますので、細心の注意を払わなければなりません。薬の調剤をする上でも、医師の先生方の処方箋をチェックし、必要があれば問い合わせをした上で、その調製を行っていきます。また、薬が間違っていなくても、正しく使っていただかないと副作用につながってしまう可能性がありますので、患者さんにきちんと使っていただけるように説明をし、正しく治療を受けていただけるようにすることが、私たちの役割だと考えています。

大家:患者さんに納得して薬を飲んでいただくには、医師の力だけではなんともならないところがあります。薬剤部のみなさんには本当に感謝しております。

望月:慣用句で「薬のさじ加減」という言葉があると思うのですが、その加減という部分が「いい加減」ではダメですよね。科学的に根拠を持って、きちんと適切な量を使っていただくことが必要不可欠なんです。そのために、薬剤師は努力し、日々勉強しています。

レギュラトリーサイエンスを目指して

大家:慶應義塾大学病院に臨床研究推進センターができて約2年が経とうとしておりますが、今年の3月25日に臨床研究中核病院に認定され、再び新たなステージに突入しました。今後、慶應義塾大学病院は臨床研究の中核を担っていくわけですが、薬剤部としてどのようなお考えをお持ちですか?

望月:まず、臨床研究の中の、治験という観点でお話しすると、薬剤部は、治験薬について責任をもって管理し、患者さんに提供するという役割を担っています。治験薬は未解明な部分も多く相互作用を例にとっても非常に複雑なリストがあり、チェックがとても難しく、通常のお薬の調剤に比べて4~5倍の時間がかかってしまいます。ですから、治験薬が出されている患者さんについて、とてもお待たせしてしまうケースがあります。これを何とかできないかと思っています。また、臨床試験のデータが無駄になってしまわないように、間違いがないように対応するための、リスク管理も必要です。

大家:そのとおりですね。

望月:治験とは別に、いわゆる臨床研究が走り出すと、他のミッションも発生します。例えば、海外からの輸入薬品で、日本では販売している会社がないというような薬を使う場合、これが安定供給されるのか、品質は確保されているのか、という確認も我々の任務となります。また、その「情報」についてもです。これは最初にお話ししたように、私の専門になりますが、効果の面での情報もそうですが、安全面での情報を的確に入手して、医師や患者さんにきちんとお伝えできるか、というのも大きな課題だと認識しています。万が一、輸入薬品について海外で不良品が出て、回収になる事態が起きた時、日本に販売会社がない場合、どのように私たちがその情報を入手するかなど、さまざまな課題がこれから出てくるだろうと想像しています。輸入薬品の品質チェックについて、薬学部と連携した分析を行うなども必要になってくるかもしれません。そういったことを常に想定して、対応を考えていかなければならないと思っています。

大家:ありがとうございます。臨床研究中核病院になったことで、これから本当にいろいろなことが起きると思います。企業治験や医師主導治験が増えたり、患者申出療養制度で保険外診療の薬を適用外使用することもなどもあると思います。他の施設からの臨床試験も入ってきますし、かなり複雑になる可能性があるんですよね。薬である以上は、薬剤部の協力を得ながらやっていかなければならないですし、その品質管理となると、薬学部あっての臨床研究推進センターです。慶應義塾大学病院が臨床研究中核病院に認定されたのも、薬学部の支えあってのことだと思います。

望月:そうでなければいけないですね。

大家:薬学部と医学部の協力体制がさらに強化されていくように、望月教授にはぜひパイプ役となっていただきたいです。

望月:ありがとうございます。最後に一つだけ、薬学部としては今後、人材養成が必須だと考えています。特に臨床研究は適切に進行させることがとても難しいので、臨床開発のノウハウやレギュレーションのノウハウなどをきちんと担える人材養成が、これからは必要だと思っております。

大家:臨床研究推進センターができて、いろんな部門ができて、まさしく「レギュラトリーサイエンス」を目指す体制が整ってきましたので、ますますこれからが楽しみですね。

望月:そのとおりですね。医学部と薬学部で、いろんな連携を深めていければうれしいです。

大家:ありがとうございました。

※科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」(第4次科学技術基本計画 平成23年8月19日閣議決定)

対談後記

本日はお招き頂き有難うございました。お話をしながら、医学部が今力を入れているトランスレーショナルリサーチでも、薬学部がお手伝い出来る部分があると感じました。薬学部には、新しい製剤設計を作り出す研究をしている講座や、非臨床試験で協力できる講座も結構あると思いますので。色々な研究の段階や分野でもっと協力出来るように、お見合いの場じゃないですけれど、薬学部の研究者と医学部の研究者が会してざっくばらんに研究の話をするような新しい医薬連携の枠組みも考えて行きたいです。

望月 眞弓 教授


慶應義塾大学が共立薬科大学と合併してから8年が経ちました。今日望月先生のお話を聞いて、薬学部と大学病院がタイトな関係になってきたと強く実感しました。そのパイプ役だった望月先生が薬剤部長として病院業務にも加わって頂くことになり、大変心強く感じています。また、医師が現場で行う臨床というのは氷山の一角のようなもので、その水面下には副作用や安全性等の情報をきちんと管理している方々の尽力があるということを、改めて痛感いたしました。より良い病院を築くために、今後もいろいろご指導宜しくお願いします。

大家 基嗣 教授