臨床研究の現場から(首都圏ARコンソーシアム)

臨床研究の現場から

Profile

佐谷 秀行 教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・センター長
慶應義塾大学医学部・先端医科学研究所・教授
三浦 公嗣 教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・臨床研究支援部門長
副島 研造 教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・副センター長
トランスレーショナルリサーチ部門長
大村光代
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
トランスレーショナルリサーチ・連携支援ユニット長

慶應拠点の特色を生かしたネットワークを構築すべく誕生したMARC

大村:2019年度から、臨床研究推進センター(以下、CTR)のホームページの新企画として、座談会を開催することに致しました。
第1回目としまして、2017年1月に設立された首都圏ARコンソーシアム(MARC)にフォーカスを当て、設立当初から今日まで運営に深く関わって頂いている佐谷先生、副島先生、三浦先生にお話を伺いたいと思います。よろしくお願い致します。

佐谷、副島、三浦:よろしくお願いします。

大村:臨床研究推進センター内でもMARCについてよくご存じない方もいらっしゃいますので、まず、MARCについてご説明頂けますか?副島先生、お願いします。

副島:MARCが立ち上がったのは、橋渡し研究事業がきっかけです。この橋渡し研究事業では、毎年サイトビジットがあるのですが、2016年秋頃のサイトビジットで、他大学をしっかり支援するように指摘されました。もちろん、その1年半くらい前から、橋渡しができるような体制を急ピッチで進めてはいたのですが、これを機に本腰を入れて動くことになりました。

当初、対象として首都圏にある私立大学を考えておりましたが、私立大学にはそれぞれ独自の経営戦略がありますから、それを慶應拠点がまとめようとして、果たしてついてきてくれるだろうかと、かなり不安な状況でした。
そこでまず、東京慈恵医科大学の景山茂先生にお話に伺ったところ、「それは素晴らしいことなので、ぜひやるべきだ」と非常に心強い後押しをいただきました。それ以降、佐谷先生や三浦先生と一緒に1カ月に2、3校を訪ね、お話をさせていただきました。われわれの話に対して、ほぼすべての大学が、ぜひ一緒にやりたいと言ってくださり、2016年中には慶應義塾大学を含め9校ぐらいがまとまり、2017年1月に正式にMARCが設立されたのです。
これをもっと広げていこうということになり、さらに首都圏にある医学系の大学に声を掛けたところ、いくつかの大学が賛同してくださいました。最終的に1年余りで、現在の構成機関ができあがりましたね。

この橋渡し事業で最も重要なのはシーズであると我々は考えました。シーズとは優れた研究成果のことですが、特定の組織の中だけで研究していると、シーズはいつか枯渇してしまいます。一方、国からの支援を受けてない大学に対しても、シーズを実用化できるような支援をしっかりすることが大事です。そこで、大学の枠を超えた組織をつくり、そこで研究を行うことを進めてきたのです。
また、そうしたこと以上に、我々のような拠点でしか得られないさまざまな情報を、いち早く知ることができるというのも、各大学にとっては非常に魅力的だったと思います。

さらに、臨床試験を行うに当たっても、人的リソースの問題やファクトについてはある程度整っている大学はあるものの、これからという大学もありますから、不足している部分を慶應義塾大学がしっかりと支援していくということに対しても、非常に期待感が大きかったと思います。

ミッションとビジョンが行動指針となる

大村:ありがとうございます。
思い起こせば、最初の設立総会で、まず最初に佐谷先生からミッションとビジョンを決めましょうというご発案があったかと思います。

佐谷:そうですね。私は1990年代に、アメリカのMDアンダーソンがんセンターに勤務していました。現在、世界でナンバーワンといわれるがんセンターです。ここの何がナンバーワンかといいますと、治療が難しいがんの患者さんに対して、新しい治療を提供している。つまり、治験を行うことによって、困難といわれているがん治療に対して挑戦し続けていることです。それこそが自らの責務であると考え、世界一のがんセンターを目指してやってきたのです。
その際、彼らは立派な建物を建てたり、人事を変えたりするのではなく、最初にミッションとビジョンを決めました。そして、すべての行動をそれに照らし、進めていくのです。こうしたことによって、数年後には世界でナンバーワンのがんセンターになったのを、私は間近で見ていました。

何か行動を起こしたり、皆で話し合ってディシジョンを下したりするときに、よりどころになるものがないと議論がうまく煮詰まっていかないということを、私自身も日本で経験していましたから、組織を作る際には、常にミッションとビジョンの設定が必要だと考えていました。ですから、私たちのセンター(臨床研究推進センター)でも、ミッションとビジョンを常に確認しあい、何か岐路に立つような問題が起こったときには、そのミッションとビジョンに照らして行動を決定していくことにしました。

MARCもこれだけの大きな組織で、それぞれの大学の思惑も違いますので、今後、利益を上げていこうとか、治験を行うとか、あるいは患者さまに対するマネジメントをどうするかといった議論になったときに、根幹になるルールが必要になるだろうと考えて、ミッションとビジョンを設定したのです。(※1)

大村:ありがとうございます。私も以前、MDアンダーソンの先生から、MDアンダーソンではそこに従事する医師、コメディカルの人だけではなく、掃除をする人までも全員がミッションとビジョンを言えるというようなお話を聞いたことがあります。MARCでも、さまざまな方向性を持った各大学にミッションとビジョンが共有されているのは今後の行動のベースとなり、非常に重要なことだと思います。

さて、設立当初から2年半が経ち、設立当初は9大学だった構成機関も今では19大学になり、定期的にさまざまな会議が開催されています。今後も参画する大学は増えていく可能性があり、またMARCの果たすべき役割も大きくなってきています。
例えば、昨年4月に臨床研究法が施行されましたが、その半年ぐらい前から、限られた情報しか得られない、あるいは情報が収集しにくいという状況がありました。この時に橋渡し拠点である慶應を代表機関としてMARCが果たした役割は非常に大きかったように思います。
そこで三浦先生にお伺いします。過去の苦労話も含め、これまでの2年半の中で、先生が感じられたことを、教えていただけますか。

MARCの中で慶應義塾大学が果たす役割とは何か

三浦:MARCが始まるに当たり一番重要なきっかけとなったのは、臨床研究中核病院に私立大学で唯一、慶應義塾大学が入ったことだと思います。
臨床研究中核病院は、慶應義塾大学がある信濃町の患者さんだけが良くなればいいという話ではなく、全国すべての地域を支援していくというミッションを持っています。私立大学でも研究は相当行われているのですが、首都圏ではそれらを束ねる大学がありませんでした。そうした状況の中で、慶應義塾大学が臨床研究中核病院に指定されたことで、その役割が明確になったと思うのです。

各大学が持っている得意分野にはそれぞれ特色があり、良く言えば出っ張っているところもありますが、逆にへこんでいる所もあります。各大学が連携することによって、そうしたところを補い合い、大学の総合力が強くなると考えられます。
研究においてMARCが果たす役割は、まさにそこだと思うのです。MARCの発展段階というのはいくつかあり、先ほど言われたように、例えば臨床研究法が施行される前に、その内容をいち早く入手して、皆がその情報を共有するという段階もありますが、その前段階では、誰がどこにいるかを知ることで、臨床研究をしている仲間ができる。今は、そういう発展段階を遂げていくプロセスの途上にあるのではないかと思います。

臨床研究中核病院としての慶應義塾大学とMARCの関係でいうと、慶應がどうやってリーダーシップを発揮していくのかという点も問われるところではありますが、同時に各大学がどうやって連携し、具体的にプロジェクトを進めていくのかということも課題として出てきていると思います。

先ほど副島先生が言われた橋渡し事業の実績でも、MARCに加盟している大学から、たくさんのシーズが出てきています。まさにこれが、連携の成果の一つだと考えられます。MARCは、単に臨床研究を一生懸命やっている人たちが仲良くなるというだけではなく、われわれの研究がプロダクトとして世の中に貢献していくことが大いに期待されているんじゃないかと思うんです。
そういうプロセスを、どうやって早く進めていくのか。もちろん、もっと資金があればいいとか、諸々の条件がそろえばいいなどといった希望はありますが、何にも増して大事なことは、参画している19大学それぞれが主体的な役割を持ち、スクラムを組んでしっかり機能させていくことです。そういう意味で、慶應義塾大学が果たす役割は単に車のエンジンとしての役割だけではなく、道路を作ることもあるでしょうし、車に乗客をたくさん乗せるという役割もあると思っています。

大村:私が日々MARCの事務局運営をしている中でも、片道2時間近くかかる遠方の大学の先生方も毎回参加して下さることに加え、「次はいつ?」と非常に前向きに参加していただいているという印象があります。
そこで体制整備のワーキンググループの副リーダーでいらっしゃる副島先生に伺いたいのですが、この2年半を振り返って、MARCを設立したことによって大学間の連携が変わってきたということはありますか。

連携の強化によりスケールメリットも生まれる

副島:そうですね。最初はちょっと様子見で参加したという大学もなかったわけではありませんが、今では逆に、そうした大学から前向きな発言が出てくるようになっています。

MARCは橋渡し事業の一環としてスタートしたものですから、継続性を考えれば、法人化するなり企業を入れたりして自立することも考えていかなければいけません。その一方で、アカデミアの集合体であることを考えると、企業のような運営をしていくというよりは、アカデミアの良さを残して、皆が楽しいと思えるようなことをする形で運営をしていくのが理想です。現時点では、各大学が同じラインに立つのは難しいのですが、ひとつの目標に向かって補い合ってやっていけるような、そういう体制整備を今後ぜひやっていきたいと思っています。

大村:すでに、臨床研究推進センターの人たちがMARCのいろいろなワーキンググループの活動をお手伝いしていますね。19大学の中にはARO機能を持っているところと持ってないところがあります。ARO協議会などでは大学の横のつながりは構築されつつありますから、MARCもこれからもう少し連携を強化していきたいと思います。

佐谷:そうですね。MARCというコンソーシアムが周囲からも内部からも極めて高い評価を得ているのには、大きな訳があると思うのです。

ひとつは、われわれAROが行っている仕事は、新しい治療を開拓する、新しい医療を開いていく、つまり未来を構築していく仕事なのですが、未来を構築するためには、絶対に投資が必要です。ただ、その投資は、今ではまだ収入にはならない人材や経費などに対する部分がかなり大きいといえます。

国立大学には運営交付金がありますから、ある程度はそういう投資にも使えるのですが、私立大学は残念ながらそうはいきません。各大学とも経営と教育と運営だけで手いっぱいですから、未来に対する投資などはなかなかできる状況ではありません。しかし、MARCができたことで、各大学が補完し合うことによって、全体が組織として成り立つというスケールメリットが得られ、あたかも一つの集合体のように、ARO機能を持ってきているというところが、実は、大きく評価されているのだと思います。
その点でいえば、運営交付金がもらえる国立大学は横の連携がなかなかできにくいのですが、われわれは同じような環境の中にいますから、一緒になってスケールメリットを持つことでひとつの目標を果たす。つまり、未来へ投資することができるというは大きなポイントですね。

また、われわれの団体は非常に前向きな団体です。何か物事をやろうとしたときに、ネガティブな意見よりもポジティブな意見のほうがたくさん出ます。こういう前向きな団体というのは、面白いことに、高いほうの水準に合っていきます。いい組織ができれば、全体の水準が引き上げられるというわけです。
われわれ臨床研究推進センターはMARCというコンソーシアムの中のAROでもありますが、他の大学のAROと連携することによって、国という組織の一員としても存在することになります。MARCは慶應義塾大学のシーズだけを応援するだけではなく、他の大学のシーズも応援しようというスタンスです。こういう姿勢に協力していただければ非常にありがたいと思っています。

副島:確かに、佐谷先生おっしゃるように、MARCに皆さんがこれだけ協力してくださるというのは、MARCなら今まで自分たちができなかったことができるんじゃないかといった夢が持てるからでしょうね。これは非常に大きいのかなと思っています。

三浦:ワーキンググループを作ったのが、非常に良かったんじゃないかと思いますね。(※2)

佐谷:そう、素晴らしいですね。

三浦:連携といっても、その意味は非常に幅広いのですが、MARCにもしワーキンググループがなかったら、総論としてはまとまっても、表面的なものでとどまり、「また来年も会いましょう」で終わってしまう可能性がありました。ところが、スタート時にワーキンググループを立ち上げ、それぞれのワーキンググループがテーマを絞ってそれを深掘りすることができた。これが大きな起爆剤になったのではないかと思います。つまり、このMARCは、単に皆で仲良くする場ではなく、実際にみんなで動く場だということが、イメージとして、早く理解されたんじゃないかと思います。
例えば、「ワーキンググループのミーティングをやりますよ」と声をかけたときの各大学のレスポンスは、非常に速いです。それは、そこに何かがあると、皆さんが思っているからです。これは大変なことです。ワーキンググループが地道に活動している。これこそがMARCが組織としての実効を上げているということなのだと思います。