宮川義隆 教授(70回、内科学)

大家基嗣によるインタビュー新シリーズ「先人に聞く医師主導治験」。埼玉医科大学病院の宮川義隆(みやかわ・よしたか)先生(70回、内科学)と臨床研究推進センター臨床研究支援部門企画運営ユニット長の菊地佳代子(きくち・かよこ)さんをゲストに迎え、お二人が慶應で手がけた医師主導治験および宮川先生の橋渡し研究の実用化についてお話を聞きました。

Profile

170621_宮川先生_57_2.jpg宮川 義隆 教授(70回、内科学) 外部ウェブサイトへ
埼玉医科大学病院・総合診療内科 教授 血栓止血センター長
 2000年 慶應義塾大学医学部(血液内科)・助手
 2004年 同・専任講師
 2013年 同・准教授
 2014年 埼玉医科大学・総合診療内科(血液)教授

菊地 佳代子 特任助教
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター
臨床研究支援部門・企画運営ユニット長
大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

Part.1 難治性ITPに対するリツキサンによる治療法について

パイオニアとして臨んだ、初めての医師主導治験

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大家基嗣教授(以下、大家):今回は、医師主導治験に成功された宮川義隆先生と、それをサポートした臨床研究支援部門企画運営ユニット長の菊地佳代子さんにお越しいただきました。宮川先生に医師主導治験に関するインタビューをしたいとお声がけしたら、菊地さんの貢献がとても大きかったとのことで、ぜひご一緒に現場で汗を流されたご経験を伺いたいと思います。

さて、宮川先生は血液内科がご専門で特に血栓止血学の第一人者でいらっしゃいますね。今回、医師主導治験をされたITPはどのような疾患でしょうか。

宮川義隆教授(以下、宮川):ITP(Idiopathic Thrombocytopenic Purpura、特発性血小板減少性紫斑病)は、血小板が減り、血が止まりにくくなる病気です。昭和49年から国の指定難病になっています。国内患者数は約24,000人で、子どもから大人まで幅広く発症しますが、特に出産前の若い女性に多いのが特徴です。

この病気は自己免疫疾患なので、日本ではステロイドを服薬したり、脾臓を摘出するのが標準的な治療とされてきました。しかし、欧米では15年ほど前から脾臓を取る機会は減っています。Bリンパ球に対する抗体医薬のリツキサンを使うと約6割の方がよくなるので、脾臓を取らずにすみます。それが、国際的な標準でした。あいにく日本ではリツキサンの承認が悪性リンパ腫のみで、ITPの適応はなかったので、適応拡大をしたいということで医師主導治験に至りました。

大家:想いはあっても、実際に自分が中心になって始めるとなると、非常にハードルが高かったかと思います。宮川先生は、医師主導治験を思い立たれた後、次にどうされたのですか?「はじめの一歩」について教えて下さい。

宮川:2010年当時はAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)もない時代で、医師主導治験そのものが非常に稀でした。私もまだ講師で若く、企業治験の経験はありましたが、承認をどうやって取るのか、治験と臨床研究がどう違うかも、恥ずかしながらよくわかっていませんでした。当時の上司の池田康夫教授に「適応拡大の承認をとりたい」と話したら、「そのためには、臨床試験ではなく治験をしないとダメだ」と言われ、それならば治験をやろうと思ったのです。そこで、班会議の偉い先輩方に相談してみたのですが、「お金もノウハウもないのに治験なんて無理だ、企業に任せればいい」と言われてしまいました。しかし、リツキサンまたは類似薬の開発権を持つ製薬企業に相談しても、希少疾病に対する開発は企業の利益向上に繋がりにくいことから、残念ながら企業治験には至りませんでした。治験を支援する団体に相談しましたが、「治験というものをわかっていますか。覚悟はありますか。下手に手を出すとキャリアを台無しにするから、やめたほうがいいでしょう」と言われ、訪問することも許されませんでした。

大家:そこまで言われてしまったのですか。

宮川:非常に悔しく思って奮起し、いろんな方にかけ合ってご紹介いただき、最終的にはなんとか玄関を通していただくことができました(笑)。それがスタートですね。今でこそ、AMEDができ、医師主導治験も盛んだと思うのですが、当時は逆風が吹いていました。

大家:色々と苦労された上で、治験のための研究費が交付されたというわけですね。具体的には何年間でどのくらいの予算が出たのですか?

宮川:研究期間は約3年間、研究費は2億円くらいでした。

数々の壁をチームワークで乗り切った

大家:研究費が交付されたということは、治験へのゴーサインが出たようなものだと思いますが、当時すでにクリニカルリサーチセンター(臨床研究推進センターの前身)は設立され、菊地さんもいらっしゃったのですか。

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菊地佳代子 特任助教(以下、菊地):クリニカルリサーチセンターは2006年に設立され、私は2009年12月に入職しました。ちょうど半年後くらいに宮川先生がいらっしゃいました。

大家:よいタイミングでしたね。

宮川:本当に。菊地さんがいなければ成功しませんでした。

大家:すぐに菊地さんのところへ相談にいかれたのですか?

菊地:いえ、そうではありませんでした。

宮川:というのも、それまで、慶應義塾大学病院は「医師主導治験は赤字になるので受けない」というスタンスだったのです。クリニカルリサーチセンターの設立が追い風となり、プロによる支援を受けられることになりました。

大家:今と全然違いますね。今だと大型研究費を獲得すると「よくやった!」と拍手になりますし、医師主導治験のサポート体制も整っていますが、当時は違ったわけですね。ずいぶん隔世の感がありますね。

宮川:当時センター長の佐藤裕史教授をはじめ、ここにおられる菊地さん、それに統計の阿部貴行先生(現臨床研究推進センター生物統計部門長)といった企業出身のプロがセンターにいらっしゃって、それがとても心強かったのです。私のような臨床医には、薬事法、SOP(標準業務手順書)、SDV(直接閲覧)など、名前は聞いたことがあっても実際の内容がわからないことも多くありましたので、学内にそういったキャリアを持つ方がいたのは、治験を進める第一歩になりました。

大家:クリニカルリサーチセンターについては私も同じ印象を受けました。佐藤先生のような方にお会いしたことがなかったので、おっしゃることがとても新鮮でした。菊地さんや阿部先生、みなさんはそれぞれ専門性に準じて的確な仕事をしてくださり、医師主導治験は、チームワークが大切なのだ、組織のクオリティに拠るのだと実感しました。臨床試験を思い立った人は確かに貴重ではありますが、あとはチームで取り組むほうが絶対にいいですね。それぞれの専門性に任せられる部分は託して、自分は自分にしかできないことに専念できるようになります。今でこそ、慶應もすっかり変わって、医師主導治験の支援チームができていますが、宮川先生の医師主導治験は、まさに黎明期だったというわけですね。

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菊地:宮川先生の医師主導治験があったからこそ、今の環境があると思います。宮川先生の医師主導治験は、クリニカルリサーチセンターとして取り組む初めての医師主導治験でしたので、私たちも、どのようなサポートをしたらいいか手探りの状態でした。日本全国でも医師主導治験を実施している施設は、まだ少なく、質問する相手もいない状況でした。そこで、先生方と一緒に、何をどのような体制で行うか考えるところから始めたのです。

大家:まさに、宮川先生がパイオニアだったというわけですね。

菊地:はい、そう思います。

大家:それで、菊地さんが協力してプロトコール(臨床研究実施計画書)を作り、統計に関して阿部先生が助言し、佐藤先生が全体を俯瞰してアドバイスをして、いよいよ治験が始まるわけですね。次はどんなことをしたのですか?

宮川:機構相談です。

菊地:当局に電話帳のように厚い資料20冊を提出、それ以外の関係者分も含めると約40冊のファイルを作成しました。

大家:当時、宮川先生は慶應の講師の時代ですね。何年前ですか?

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宮川:2010年なので7年前でした。PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)への相談は非常に高額で、当時は一回600万円でした。医師主導治験に非常に厳しい時代で、今のようなアカデミア割引(約15万円)はなく、企業と同じ金額を支払う必要がありました。当時、PMDAからプラセボ対照二重盲検比較試験を実施するようにと言われたのですが、有効性を検証するために必要な症例を集めるのに国際共同治験で5年かかってしまいます。日本医師会からは3年で完了するように言われていて、治験のために交付された研究費も3年分でしたので、難治例を対象とすることでシングルアームのオープンラベル試験で押し通した経緯があります。

大家:さまざまな経緯はあったと思いますが、最終的にシングルアームで進めたわけですね。次はいよいよご協力いただける患者さんのリクルートだと思うのですが、どのような工夫をなさったのですか?

宮川:幸い、リツキサンは患者さんと血液専門医が待ち望んでいた薬でしたので、非常に順調でした。国内10施設で患者さんを速やかに紹介いただき、無事に終わりました。また、リクルートについては菊地さんが非常に工夫してくださいました。毎月ニュースレターを発行しました。

菊地:はい。大家先生がおっしゃるように当初「リクルートが難しいのではないか」という話がありました。希少疾患であり、かつ、登録期間が約1年半でしたので、この試験が忘れられてしまう懸念もありました。そこで、毎月「施設紹介」とそれ以外に「その月のトピックス」を書いたニュースレターを作りました。各施設のモチベーションをあげるため、施設毎にエントリー数も公にしたのです。医師会の方やCROの方も巻き込んだりしましたね。

宮川:2年もやっていますと、日々の臨床で忙しいので、忘れてしまう方もいらっしゃるので、全員参加で、参加意識が途絶えないようにしたのです。

大家:こういう工夫も大事ですね。参考になります。このニュースレターは 、本当にきれいによくできています。学会のレポートもついていて、写真も見やすいですね。

宮川:編集長は私ですが、菊地さんが本当に上手にきれいに作ってくれました。

菊地:全体会議として、全国から先生方に集まっていただく会も3回開きました。試験の最後には、表彰状を作って各施設にお渡ししました。これは宮川先生のアイデアです。

宮川:また、患者会の設立、学会とメディアによる応援もあり、予定より早めに治験を終えることができたのです。

2017年6月、いよいよ承認へ

大家:何例の患者さんを集めて、どういった結果をエンドポイントとして承認されたのでしょうか。

宮川:ITPに薬が有効であったかどうかのエンドポイントは血小板数の上昇で、この点は比較的シンプルでした。試験結果は菊地さんからお願いします。

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菊地:24例を目標にしたのですが、エントリーは26例でした。もともと6割の有効性を見込んでいたのですが、残念ながらそこに至らなかったので、この試験だけでは承認申請が出せない状況でした。そのあと宮川先生のご努力があって公知申請に至りました。

大家:海外では認められている薬ですものね。

宮川:はい、海外では複数の臨床試験データがあり、10年以上前から保険償還されています。その情報をあわせて未承認薬適応外薬検討会議の方に出しました。

大家:そこも簡単ではなかったのですね。そのような背景があって公知申請し、最終的に認められるに至ったということですね。

宮川:おかげさまで2017年の3月に保険収載になりまして、6月26日に厚労省の審査で承認されました。

大家:ついにですか! すばらしいですね。おめでとうございます!

宮川:振り返ると、いろいろと大変なこともありましたが、やはり一番うれしかったのは、脾臓を取りたくないという都内の若い女性患者さんが、リツキサンの治験に参加して病気が治り、すでに二人も赤ちゃんを産んでいらっしゃることです。

大家:よかったですね。医者冥利に尽きるお話です。

ITPに続く適応拡大へ

大家:ところで、ITPに成功されて、さらに指定難病のTTP(血栓性血小板減少性紫斑病、thrombotic thrombocytopenic purpura)にも取り組まれたと伺いました。

宮川:TTPは全身に血栓ができる血液難病で、国内では毎年400名の方が発症します。無治療では2週間で9割が死亡する急性かつ致死的な病気です。ITPが、クリニカルリサーチセンターと菊地さんのサポートをいただいて、無事に治験を終え、承認申請準備に入った際に、周りの先生から血液の領域で同じように血小板が減ってしまうTTPもやってくれないかと言われたのです。当時、医師主導治験をやっている医師が少なかったものですから。

大家:TTPのほうは、現在進行形なのですか?

宮川:TTPは厚生労働科学研究による第Ⅱ相医師主導治験を終えまして、今、当局と調整中で2年後に承認される見込みです。

大家:2本目の治験も承認に繋がればすばらしいですね。先生のこの領域における功績は本当にすばらしいです。これから若い先生方には、日常の診療をやっていただくだけでなく、医師主導治験にチャレンジしてほしいですね。宮川先生で成功例を示すことができたので、ぜひとも強いモチベーションを持ってやっていただきたいです。菊地さんのような、治験をサポートしてくださる方がいらっしゃるということも強調したいですね。

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