宮川義隆 教授(70回、内科学)

Part.2 経口トロンボポエチン受容体作動薬(ムルプレタ、塩野義製薬)の開発

リサーチパーク発として初、産学協同で新薬を上市

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大家:経口トロンボポエチン受容体作動薬「ムルプレタ」を塩野義製薬株式会社と開発されたそうですね。産学協同の見本と言えるような開発だと感じています。

宮川:「ムルプレタ」は、血小板輸血が不要になる可能性がある国内発の新薬です。今回承認されましたのは、待機的な観血的手技を予定している慢性肝疾患患者における血小板減少症の改善です。具体的にお話しすると、肝硬変になると血小板がとても減ります。そうすると、全身のあざや出血傾向で生活の質が非常に低下する患者さんが多くなります。これまでそのような患者さんは輸血で補うしかなかったのですが、この薬を飲むことで血小板を一週間で増やすことができます。今回の国内承認では、検査や手術を受ける際に一週間だけ飲む薬として承認されましたが、薬効から考えると、これを飲めば血小板がずっと上がり、出血による死亡の回避、ならびに生活の質(QOL)を大きく改善することが期待されます。

大家:こういうニーズというのは、もちろん感じていらっしゃったと思うのですが、企業側から先生に打診があったのでしょうか。

宮川:はい、私は卒業以来、血小板の研究をしていまして、(財)実験動物中央研究所(実中研)の研究費を元にリサーチパークに研究施設をつくったのです。免疫不全NOGマウスを使った研究をしていました。従来のマウスにはヒトの血液細胞を移植しても、ヒトの血小板ができることはありません、NOGマウスだけ、ヒトの造血幹細胞を移植するとマウスの血液中にヒトの血小板が流れることがわかりまして、このマウスを使ってスクリーニング系を開発しました。ムルプレタの研究は、関連技術を有する三社と共同で行いました。最初は実中研と私とで動物の実験系をつくり、そのあと、塩野義製薬と日産化学工業が入りました。ヒトとチンパンジーにしか効かない化合物を彼らが開発したこと知り、それで声をかけたのです。日本では必ず臨床試験を始める前に、厚労省から動物での薬効評価を求められるのですが、米国の研究開発と異なり、日本では実験動物にチンパンジーは使えません。そこで、ヒトの血小板をもつマウスを使って開発することを提案し、研究開発を進めることになりました。研究は、約7年間慶應でのリサーチパークで行いました。実中研、提携企業と、慶大 血液内科の先輩である池田教授、木崎昌弘先生(現、埼玉医科大学副学長)の深い理解とご支援のおかげです。

大家:そうだったのですね。ただ、現時点では「検査などが必要な時に、肝硬変の患者さんの血小板減少に対して1週間前に使う」と適応できる範囲が限定されていますね。

宮川:はい、そうです。ただ、似たような薬が海外にあるのですが、すでに先ほどのITPや再生不良性貧血にも使われていますし、抗がん剤のあとの血小板減少症にも海外の第Ⅱ相で有効であることがわかっていますので、今後の適応拡大が大きく期待されます。

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大家:リサーチパークができて15年くらい経つと思うのですが、リサーチパーク発の新治療薬としては、これがたぶん...

宮川:上市した薬としては、これが第一号ですね。

大家:そうですよね。そういう意味では、宮川先生は金字塔を建てたというか、記念碑的なお仕事ばかりなさっていますね。印象に残るのは、先生のなさっていることはとても息が長いということです。ご自身の専門分野を持って、すぐに結果を求めるのではなく、じっくり取り組んで、動物実験から臨床につないでいく、この息の長さをぜひ若い先生に参考にしていただきたいですね。そのためには、コアとなる専門分野を持つことですね。宮川先生のお話を聞いていて、すぐに結果が出るようなものも大事かもしれませんが、一方でライフワークに近いようなものをじっくりと育てていくということも、とても大切だと感じました。さきほどの産学協同の件ですが、企業と一緒に研究開発を行うとなると、知財に関して議論になったのではないですか?

宮川:ちょうど大学にできた知的資産センターの支援により、四者の契約を結びました。NOGマウスの知財は実中研にあり、これは慶應義塾大学医学部三四会の先輩でもある故 野村達次先生(24回、細菌学)に御恩があります。それまで門外不出のマウスだったので、野村先生のご自宅に伺って「NOGマウスを提供してほしい」とお願いしたのです。「何に使うんだい?」と聞かれて、「難病患者さんのために薬の開発をします」とお話しました。野村先生はもともと、薬の開発のために実中研を立ち上げた先生でいらっしゃいますので、「それなら6匹を試しにつかっていい」と言ってくださったのです。そこで、初めてマウスにヒトの造血幹細胞を移植して、ヒトの血小板を作り出すことに成功しました。 ありがたいことに用途特許の実用化が評価され、知的資産センター賞もいただきました。

大家:知的財産の実用化に対する研究費の取得などはいかがですか。

宮川:おそらく、大家先生がお尋ねになりたいのは、「産学協同でどこまで権利と対価が取れるか」ということだと思うのですが、そのあたりは当時の日本では難しいところがありました。契約を結ぶ際に、「論文や学会発表の権利を得る代わりに商業権利は放棄する」という契約を結んで、一切の権利を放棄しました。その代わり、新薬の開発に必要な研究費と人材を提供していただきました。研究成果が世の中のお役に立てれば、それで良いと考えています。

大家:私たちもそうですね。患者さんを救いたい、という気持ちでずっと臨床研究を行っていて、金銭のことは考えていませんね。世間の常識からは、ずれているかもしれませんけどね。

成功の鍵は、チーム間の信頼にある

大家:宮川先生のお話を聞いていると、フットワークの良さに感心させられます。これも参考にさせていただきたいですね。

宮川:いや、歳を重ね、体は重くなってきました(笑)。

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大家:実は、私は、自分の教室員に「人生での問題は行動なしに解決しない」といつも言って聞かせているんです。「何か不安に感じることがあったら、まず動け」と言っています。そうしないと解決しないのです。ですから、フットワークの良さはとても大事です。まさに宮川先生はこのフットワークの軽さを身につけていらっしゃる。そして、このフットワークの良さを支えている、もうひとつの先生の能力がコミュニケーション力ですよね。宮川先生が学生の時、私はレジデント(研修医)だったのですが、当時のことはよく覚えています。よくできる学生で、しかもとても積極的でした。

宮川:学生時代から本当にお世話になっております。

大家:そういうコミュニケーション力の高さはすばらしいですよね。それと好奇心。さらに患者さんに還元したいという想い。そういうものが渾然一体となったのが宮川先生であって、それがフットワークの良さに支えられて、こういうふうに成功されたわけですよね。

菊地:本当にいいプロジェクトリーダーです。

宮川:医師主導治験をやるプロジェクトリーダーには、新薬の適応を取得するという明確なビジョンと情熱が必要です。

菊地:はい、そうです。いいリーダーがいてこそマネジメントができると思います。

宮川:それとプロジェクトマネジメントのパートナーが必要です。

大家:よきリーダーがいて、そこにいい人材が集まって、そして全体として動いていく、ということですね。

宮川:成功の秘訣は、たぶん信頼できるパートナーを見つけることだと思います。そして一度チームをつくったら、100%信頼することです。私は菊地さんが提案することに「ノー」と言うことはないです。開発経験は私よりずっと上ですし。治験施設を選定するとか、大きな枠組みは私が決めますが、細かいことは企業出身のプロである菊地さんにお任せするというふうに徹底しました。

大家:やはり信頼関係なしには、仕事をやっていくということはできないですね。失敗するか成功するかはわからないけれども、一家族のごとく、という北里柴三郎先生の言葉を借りるようですが、本当に信頼が大切ですね。

後輩医師へのメッセージ

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大家:最後にご自身の経験から、慶應の良さについて聞かせてください。

宮川:慶應の良いところは、やはり優れた人材が多いところです。これはお世辞ではありません。助けてくださる先輩と仲間がいるというのも、本当にいいですね。困った時に、誰かが必ず助けてくれます。あとは、対外的な強さ、それも良さですね。

大家:ありがとうございます。後輩の医師たちにメッセージがあれば、お願いします。

宮川:さきほど大家先生もおっしゃっていましたが、興味を持ったことに対して、その気持ちを大切にしてほしいです。周りから「できない」と言われても、「やりたい」と思ったことは、ぜひ頑張ってほしいと思います。私自身も当時の教授に相談した際、「やってみたら?」と言われ、その一言で背中を押され最初の一歩を踏み出すことができました。その先には素晴らしい成功が待っています。

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対談後記

170621_宮川先生_03_small[1].jpg血液難病に対する医師主導治験の成果をもとに、抗体医薬リツキサンの適応拡大ができたのは、慶大、日本医師会、学会、行政、各治験施設と患者さんの御協力のおかげです。当時、素人の私を支援していただきました学内のスタッフに感謝しています。また、リサーチパーク発の創薬候補化合物が、新規血小板増加薬として上市され、既に販売されていることは研究者である私として大きな喜びです。これからも創薬を続けていきたいと思います。

宮川義隆 教授



170621_宮川先生_75_small.jpgリツキサンの適応拡大が承認された、このタイミングで宮川先生とお会いでき、さらに、大家先生とご一緒に、この試験の振り返りをするお時間をいただけてとても嬉しかったです。ありがとうございました。 最初にPMとして携わった医師主導治験のプロジェクトリーダーが宮川先生で私はとても幸運でした。初めて慶應が主幹となる医師主導治験であり、様々な問題がありましたが、この試験がリツキサンの適応拡大につながったことは、私が現在、色々な困難を乗り越える原動力になっています。私自身は研究支援の立場で、患者さんと接する機会がほとんどありませんが、研究者の先生方とよいチームをつくり、これからも、患者さんのニーズにあった医療の提供に貢献し続けていきたいと思っております。

菊地佳代子



170621_宮川先生_59_small.jpgこの度は、リツキサンの難治性ITPに対する公知申請承認、本当におめでとうございます!お話しして感じたのですが、宮川先生は、患者さんに対する医師としての想いや研究者としての専門分野に対する探究心に加えて、粘り強いコミュニケーションやフットワークの良さという行動力をお持ちです。それらが相まって、医師主導治験を成功させたパイオニアになられたのだと思いました。また菊地さんとのやりとりを拝見して、お互いが信頼関係で結ばれていることが大変印象的で、臨床研究はチームで行うものだと改めて実感しました。先人としてご苦労されたお話は、これから医師主導治験を行う医師の方々、一般の方々にも興味を持っていただけたのではと思います。

大家 基嗣 教授