第10回:中村 雅也 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第10回。臨床研究推進センター再生医療等推進委員会委員長の中村 雅也(なかむら・まさや)教授をゲストに、再生医療にかける思い、課題、そして数年後に迫る未来について聞きました。

Profile

中村 雅也 教授
慶應義塾大学医学部整形外科学教室・教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・再生医療等推進委員会委員長

大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

なぜ治せないのか、再生医療にかける思い

中村 雅也

大家教授(以下、大家):中村教授は整形外科がご専門で、普段は脊髄疾患や脊髄腫瘍の外科的治療のかたわら、神経再生や脊髄再生に取り組まれています。再生医療を目指したきっかけについてお聞かせください。

中村教授(以下、中村):私が慶應義塾大学医学部の2年次の経験が、今につながっています。当時、バスケットボール部に所属しており、冬になると、皆でスキーに行くのが恒例でした。その冬は八方に行ったのですが、私の一つ下の後輩が、ゲレンデで怪我をしたんです。脊髄損傷でした。当時は脊髄損傷という怪我がどういうものか全く知らず、それほど大きなこととは考えてなかったんです。ところが、その後、彼は医学部を続けることができなくなりました。目の前で怪我をした後輩のその後の人生をそばで見ていて、これだけ医療や医学が進歩しているのに、なぜ治せないんだろうという思いでいっぱいになりました。それが、再生医療の道に入ることになったきっかけです。

大家:その時のご経験と思いが、その後、約40年もの研究生活の礎になっているわけですね。

中村:はい。最初、整形外科で脊椎・脊髄外科医としてのベースを築きました。でも脊髄損傷は治せない。臨床で治せないなら、基礎研究で突破口を見出せないかと思い、再生医療の世界に飛び込みました。

大家:私が若い頃は、神経疾患は診断がついても治せないといわれていましたね。最近は神経を再生するという概念が出て、神経に対する薬剤も出てきていますので、時代は少しずつ熟してきたという印象があります。

中村:そうですね。私が、脊髄損傷を治したい、脊髄再生や移植をやりたい、と言い出したのは90年代の半ば頃でしたが、「そんな夢物語は研究にならない、やめておけ」と皆に言われました。まだその頃は、損傷した脊髄や中枢神経が再生するなんてこと、誰も考えていなかったですね。でも、ちょうどその頃、幹細胞生物学が爆発的に進歩しはじめていたので、私はその、海のものとも山のものともわからない幹細胞(ステムセル)に懸けてみようと思ったのです。まるで引き寄せられるかのように、アメリカに留学しました。その後、岡野栄之先生(現慶大 生理学教室教授、医学研究科委員長)との出逢いもあり、とてもいい形で、基礎と臨床の一体型の研究が継続できています。

大家:再生しないと言われてきた中枢神経ですが、今、まさに再生するぞという機運が高まってきていますね。

中村:膨大なデータの蓄積と世界的な学問の進歩の賜物です。それを一層加速させたのは、京都大学・山中伸弥先生のiPS細胞だと思います。脊髄損傷から脳梗塞、脳卒中、神経変性疾患にいたるまで、これまで治せないと言われていた疾患が、今や治せるのではないかという方向に変わってきています。もうあと数年で、さまざまな変革が起きる、私はそう思っています。

産学連携で乗り越えろ、再生医療が抱える課題

大家:山中先生が作ったiPS細胞が、さまざまな発生学のパラダイムシフトであったと同時に、臓器再生の道が開かれたと思いますが、実際の医療に向けてどこまで進んでいるのでしょうか。

中村 雅也

中村:今の日本は、iPS細胞に限らず、再生医療全般において、オールジャパンの研究体制が整っています。京都大学、東京大学、大阪大学、横浜市立大学、東京医科歯科大学、山口大学、もちろん私たち慶應義塾大学も、それぞれが懸命に再生医療研究に取り組んでいます。すでに基礎研究では、従来は治せなかった疾患を再生医療で治せる可能性が見えてきていて、いよいよ橋渡し研究、そして臨床研究に向かおうとしています。その先頭に立っているのが、理化学研究所の高橋政代先生が4年前に成功された網膜再生です。高橋先生に続こうとしているのが、私たちの取り組んでいる脊髄再生、京都大学の高橋淳先生のパーキンソン病、そして大阪大学の澤芳樹先生や慶應義塾の福田恵一先生らによる心臓の再生です。あと数年以内に、第二歩、第三歩が踏み出されると思います。

大家:医療として患者さんに提供できるようになるまで、あと少しというわけですね。まさに、この1〜2年が正念場かと思いますが、実現までの一番大きなハードルは、何でしょうか。

中村 雅也

中村:いくつかの課題がありますが、基礎研究におけるハードルは、かなり克服できています。例えばiPS細胞を使う際、対象がどんな臓器であっても、自分たちが目的とする細胞へいかに分化誘導させるかが課題となります。そのためには、元となるiPS細胞のクオリティを高め、適切な分化誘導法を構築する必要がありますが、この課題は、各アカデミアがしっかりと取り組んだ結果、ほぼ解決しています。次に挙げられるのが、社会実装の部分です。これには産学連携が欠かせません。アカデミアが単独で細胞を作り、患者さんに届けるのは、ほぼ不可能です。でも再生医療だって通常の医療として患者さんに届けられるようにならなければ、生き残らない。ですから、アカデミアと企業がともに、患者さんに届けるという"出口"をしっかり見据えて、産学が一体となって取り組まなければなりません。これは、海外特に米国に比べると、日本全体で不足している部分だと思います。再生医療に限らず、先進医療や先進医療機器を医療現場に実装していくための体制作りが、今後の大きな課題です。

大家:産学連携の目処は立ちつつあるのでしょうか。

中村:医学部長補佐としての立場でお話しすると、産学連携は、大きなプラットフォームづくりの段階に来ていると思います。昨年開所したJSR・慶應義塾大学 医学化学イノベーションセンター(JSR-Keio University Medical and Chemical Innovation Center 通称JKiC)もその取り組みの一つですが、共同研究施設をつくるだけでなく、連携組織そのものをつくり、患者さんに届ける道筋をつくることが重要です。慶應義塾大学医学部には、魅力的なシーズがたくさんあるので、それをしっかりと患者さんにお届けし、患者さんがハッピーになる手助けをする。これが一番大切です。その結果として、社会に貢献し、大学も成長する。その柱の一つに再生医療があると、私は考えています。

大家:中村先生とは違う分野ですが、産学連携の重要性は痛感しています。私はがんの研究を行っていますが、あるシーズを発見した場合、第Ⅰ相、第Ⅱ相試験までは、医師主導治験できても、第Ⅲ相の大規模治験は、企業との提携なしで実施は不可能です。企業と一緒に行うには、その治験が、アンメット・メディカル・ニーズ(いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)を捉えているかどうかが問われるわけですが、中村先生が取り組んでいる再生医療は、まさにアンメット・メディカル・ニーズです。人類として初めて成し遂げるかもしれない挑戦なので、産学連携のオールジャパン体制を整えて、ぜひ大きな一歩を踏み出していただきたいです。

再生医療を患者さんのもとへ -基礎研究から臨床試験へ-

大家:再生医療では、採取した細胞の調製や、培養、加工などの工程(Cell Processing)が必要ですが、細胞の純度を高めて大量に増やす技術は、確立できているのでしょうか。

中村 雅也

中村:日本では、iPS細胞を使った臨床研究は必要細胞数の少ないものから実施されています。先ほどもお話しました、理化学研究所の高橋政代先生による、世界初のiPS細胞を使った「加齢黄斑変性」の臨床研究に使用された組織の細胞数は、5000個、多くても1万〜数万個です。次に進んでいる私たちの脊髄再生や、京都大学の高橋淳先生が取り組まれているパーキンソン病になると100万から500万、さらにもう一歩踏み込み、心臓や肝臓、膵臓などの臓器再生となると、1億〜10億の細胞が必要になります。数が増えるほど、細胞の培養も大変です。100万個の中には悪い細胞がなくても、1億個の中には出てくるかもしれない。

大家:私は専門外ですが、iPS細胞が登場した当時、細胞の初期化を誘導する山中4因子等による腫瘍性細胞の出現等が課題として挙げられていたと思いますが、解決したのでしょうか。

中村:iPS細胞の樹立法は変遷し、今では初期化因子も6つになりました。知的財産や科学的な観点から見ても、細胞の最終培養が臨床研究を行えるレベルにまで到達したのは有難いことです。iPS細胞の質の向上、加えて、分化誘導法の改良により、未分化細胞の混入に伴う奇形腫の形成といった問題は、ほぼゼロになりました。

中村 雅也

大家:すばらしいですね。

中村:もう一つの腫瘍化の原因である形質転換細胞に関しても、今の分化誘導法でいくと、良いクローンを選べば問題ありません。必要な細胞数が多くなれば、また新たな課題が出てくる可能性はありますが、100万個から数千万個が必要とされる私たちの脊髄再生やパーキンソン病あたりまでは、問題なくいけると思います。先ほども話に出ましたが、あと1〜2年です。

大家:先ほどから何度かお話に出てきていますが、高橋政代先生の世界初のiPS細胞移植手術については、その後の進展はあるのでしょうか。

中村:高橋先生が最初に取り組んだのは、自家移植でした。しかし、自家移植は非常に費用がかかります。患者さん自身の細胞を樹立し、分化誘導し、品質チェックし、それをしっかり培養して移植するとなると、数千万円という規模の費用がかかってしまうのです。高橋先生も自家移植は一般的な医療方法として確立しないと考え、1例の自家移植を行ったのち、他家移植に変更されました。iPSバンクで樹立したiPS細胞から分化誘導したものを使っています。

大家:拒絶反応などの問題はクリアできるのですか。

中村:複数のドナーからHLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)を合わせます。ただ臓器によっては、免疫拒絶の程度が全く異なります。中枢神経系は免疫寛容のため、これまでの基礎研究の結果から、HLAを合わせずにすみます。胎児の神経幹細胞を使った先行研究がありまして、3カ月から半年間は免疫抑制剤を使いますが、その後拒絶反応はおさまり、細胞は生着します。パーキンソン病や脊髄でもこのような実績がすでにあります。

大家:つまり、本当に産業化が近いということですね。

中村:自家移植とは、かかるコストも全く違います。いくら夢のような治療法と言っても、一人2000万円もかかったら、実際の医療には使えません。ですから、私たちはいくつかの製薬企業などと産学連携体制を構築しながら、他家移植の実現を目指しているところです。

再生医療の牽引役としてのミッション

大家:先生が委員長をなさっています再生医療等推進委員会の役割について教えてください。

中村:実は2016年に、慶應義塾大学病院と大阪大学医学部付属病院は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)から「iPS細胞等臨床研究モデル事業」に採択され、今後日本における再生医療の牽引役として、東の慶應、西の阪大という拠点構想ができています。
私たちは、再生医療の東の拠点として、他施設からの再生医療のシーズを受け入れて、しっかり支援する体制を整える必要があります。まずは大学内のシーズを社会実装することを通して、再生医療研究の支援体制や規制等の問題点を洗い出し、その対策を通して体制整備を加速させていきます。また、そこで培ったノウハウを他のアカデミアに伝えていくのが使命です。臨床研究推進センターの再生医療等推進委員会が中心となって、これを推進していきます。

中村 雅也

大家:具体的にどのようなことを議論されているのでしょうか。

中村:ご存知の通り、再生医療については、これまでになかった医療を新たに構築しようとしているので、取り組むべき課題は、まだまだ山積みです。シーズ受け入れ時は、特定認定再生医療等委員会や、倫理委員会での審議、治験であればPMDAとのやりとり、さらにはヒトで初めて臨床試験(ファースト・イン・マン:FIM)を行う時、どのような体制でやるのか、各診療科との連携はどうするかなど、様々なルールづくりを行っています。
臨床研究の支援は、細胞培養や加工にも及びます。慶應義塾には、CPC(Cell Processing Center:細胞調製センター)を運営してきたノウハウがあるので、そのノウハウを生かして、細胞加工についても他大学や研究機関のシーズをいかに支援するか、今まさにその議論をしているところです。

大家:再生医療のためのインフラ整備をリードしてくださる委員会ですね。頼もしいです。

まさに今、医療のパラダイムシフトが起きている

中村 雅也

大家:本当に、数年前までは夢の世界の話だった再生医療が、もう1〜2年に迫っているかと思うと、ぜひ実現していただきたいと強く思います。

中村:再生医療って、特殊な医療だと思われがちです。でも、5年後、10年後には普通の医療として提供できるようになっていないと、再生医療そのものがなくなってしまうと思います。治せなかったものを治し、かつ費用対効果、安全性も全てクリアする。そのためには、企業的な視点は、絶対に必要です。研究の延長線上にあるようなことを目指していてはダメです。より早く、より良いものを、より安く、患者さんに届けられるようにしたいです。

大家:すばらしいですね。全世界の医療が、今、そういう方向に動いています。15年くらい前、EBM(Evidence-Based Medicine)という、「医療において最新かつ最良の科学的根拠(エビデンス)に基づいて診療方法を選択する」という考え方が叫ばれるようになりました。その後、時代は変化し、この5〜10年はHTA(Health Technology Assessment:医療技術評価)、つまり医療技術を医学的・社会的・倫理的だけでなく、経済的観点も含めて、包括的に評価することが求められています。さらに最近では、Patient-Based HTAと言われ、患者さんのQOL(Quality of Life)をいかに上げられるか、というところまで来ています。中村先生の目指しているところは、すでにその概念を取り入れていらっしゃいますね。

中村:そうでないと、再生医療は浮いてしまいます。普通の医療から切り離されたところに再生医療があっても、まったく意味はありません。

大家:私たちの想像をはるかに上回るスピードで、医療は進化していますね。最先端の医療を、コストダウンも含めて、患者さんが満足できるようなものが提供できるようになったら、本当にすばらしいと思います。

対談後記

中村 雅也 教授

大家先生とは同世代でとても話しが弾みました。ちょうど、新しい病院が建ち、慶應医学が次のフェーズを迎えようとしているこのタイミングで、再生医療は、まさに今新たな局面を迎えようとしています。今回のインタビューを通じて、このような場面に立ち会える幸せと次の時代へ医療をつないでいく責任をあらためて感じました。再生医療を1日も早く通常医療として患者さんに元に届けられるように、努力してまいりたいと思います。

中村 雅也 教授


大家 基嗣 教授

山中伸弥先生がノーベル賞を受賞なさった後、泌尿器科学会の総会で講演を拝聴しました。その際、"脊髄の再生医療は岡野先生と中村先生に任せている"とのお話を伺い、とても誇らしい気持ちになったことを覚えています。今回あらためてお話を伺い、いよいよ再生医療が実際の医療として患者さんに届けられる日が近い、と実感しました。新しい医療なので、実用化に向けては課題も多いと思いますが、オール慶應で取り組んでいければと思いますので、よろしくお願いいたします。今回は再生医療の最新の取り組み状況をお話いただき、次世代を担う医師の方々や、一般の方々にも興味を持っていただけたのではと思います。貴重なお話をありがとうございました。

大家 基嗣 教授