第9回:三浦 公嗣 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第9回。臨床研究推進センター臨床研究支援部門長の三浦 公嗣(みうら・こうじ)教授をゲストに、同部門の役割を中心にお話を聞きました。

Profile

三浦 公嗣 教授
慶應義塾大学病院
臨床研究推進センター・臨床研究支援部門長
大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

卒業以来、約33年ぶりに慶應義塾大学へ

大家教授(以下、大家):大家教授(以下、大家):三浦先生は慶應義塾大学卒業と同時に厚生省(当時)に入省され、国の仕組みをいくつも構築されてきました。同じ道を考えている後輩の参考にもなるかと思いますので、まずその歩みについてお聞かせください。

三浦公嗣教授(以下、三浦):ご指摘の通り、大学卒業と同時に当時の厚生省に入省し、その後行政官として約33年の間に20カ所以上のポストを経験してまいりました。公衆衛生行政に携わる医師という立場でしたので、私が主に関わったのは、科学技術やイノベーションという観点からの医療や介護分野の業務です。

実際の研究、特に臨床研究は、第一線の研究者、医師の方をはじめとした医療関係者の方と、研究に参加される患者さんとのコラボレーションの中で進んでいきますが、一方で質の高い研究を効率的に実施するにはさまざまな支援が必要になります。その支援の一環として、行政は、研究費を提供したり、自らの研究機関で基盤的な研究を進めるなど、様々な手段を用います。私は、法律や制度、あるいは補助金など、言わば行政の持っている"道具"を使いながら、研究を支援することに一貫して携わってまいりました。研究を支援するという意味では、臨床研究推進センターでの私の仕事は、今まで行政で関与してきたことと本質的には同じであると感じています。ただ、現在のほうが第一線の臨床や研究の現場に近いので、目の前にあるより具体的な課題を解決するという、一層実践的で、かつ実務的な仕事が多くなります。行政で多くのポストを経験する中で、さまざまな物の見方をする鍛錬も積んできていますので、その経験が活かせるやりがいのある仕事だと思います。

行政官として、医療と関わるということ

大家:行政で政策をつくる時には、最初に将来像などの理想的なイメージを立ててから進めていくのでしょうか。

三浦:はい。一言で表すと「グランドデザイン」ということになりますが、そういった全体構想に基づき、具体的な施策として毎年の予算や法案をまとめるなど、さまざまな行政手段を駆使して進めていきます。その際に大切なのが、5年後、10年後、もっと言うと100年後の姿をイメージできるかどうか、ではないかと思います。よく「神は細部に宿る」と言いますが、行政のグランドデザインの一番の肝は、やはり細部にあります。やはり細部の出来をしつこく見届けることが重要です。

夢のようなことを語っているだけでは意味がない。現場の状況をまさにどこまで具体的にイメージできるか、結局のところ、それが施策としてのフィージビリティ(実現可能性)につながっていくのだと思います。若いときによく言われ、また自分自身も若い人たちに言っていたことは、「現場がどうなっているか勉強しろ、現場を見に行け」ということです。見に行ったことを糧に、計画している施策を導入したらどんなことが起きるかをイメージする。もちろん、作用もあれば副作用もあるかもしれないので、それを見極めていく能力が行政官には問われます。

大家:臨床研究に関しては、当初国がしっかりした方向性を示せていなかったと思うのですが、2015年4月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が誕生したことをきっかけに、国全体で動きが出てきたと思います。その流れに沿って、我々も臨床研究推進センターを発足させ、推進しています。三浦先生は、まさに、社会の構造が劇的に変化する中で、国と実際に臨床研究を行う現場とを繋いでこられた、ご自身の思い入れも含め、非常に深く関わっていらっしゃる先生だと考えております。

三浦:文部科学省の医学教育課を担当している時に、「大学病院連携型高度医療人養成推進事業」を始めました。臨床研修を2年間行った後、専門医の後期臨床研修を受ける人たちがなかなか大学に戻ってこないので、これは大学が卒業生を中心として医師の生涯教育に深く関わっていかないと、結局困るのは、後期研修の人や専門医を目指している人たちと思いました。後期臨床研修の後、どういったキャリアパスがあるのか、ということを大学のメニューとして学生に示していく。例えば、卒後5年目には民間や各地域の総合病院で研修し、そのあと大学に戻ってきて新たにスキルアップするなどの多様なコースを大学側に設けてほしいと要請したのです。そのときのキーワードのひとつが、実は「臨床研究」でした。臨床研究に携わる人たちを養成してほしい、そのためのファンドをつくろう、というものです。というのも、当時、基礎研究は盛んな一方で、臨床研究はまだ取り組みが遅れていて、たいへん難しい時代でした。それに携わる専門家がなかなか確保できない、という状況でもありました。そこで、各大学に養成コースをつくって、研究を実施する医師だけではなく、例えばCRC(治験コーディネーター)などの専門人材を含めて人材確保をお願いすることにしました。もう10年くらい前の話です。

今思えば、約10年前から、臨床研究をしっかりやらないといけない、という社会的な認識は明らかになってきて、日本は10年かけてここまで来たわけです。そして、慶應義塾大学もまさに10年かけて臨床研究を推進する仕組みをつくりあげてきたのだと思います。2006年の当時、「つくらなければならない」と誰かに言われたというよりも、「大学としてやるべきだ」と、みんなで意気投合して、クリニカルリサーチセンター(当時)を発足させ、今ある臨床研究推進センターという形まで発展させてきた。持てる資源でいわば自主的に積み上げてきた慶應の努力は、大変なことだったと思います。中で褒めあっても仕方ないとは思うのですが、これは慶應義塾大学ならではの力だと私は思います。

臨床研究支援部門の4つの役割

大家:三浦先生が着任された、臨床研究支援部門の役割や具体的な支援内容をお教えください。

三浦:先ほどお話したように、臨床研究というのは、医師を始めとする医療側とそれに協力いただける研究対象の方々だけの話ではありません。"システム"として一体となって動いていかなければゴールまでたどり着かないし体力も必要だという点では、"究極のチームスポーツ"といいますか、様々な専門スタッフのチームワークが必要だと常々思っています。教職員数で言うと約120人の規模を持つこの臨床研究推進センターに専門スタッフによる支援を提供する部署が置かれています。それがけっして縦割りにならずに、それぞれの研究プロジェクトを横串でつなぐことが、質の高い臨床研究には求められます。支援部門は、この "つないでいく" という役割を果たすことを、明確に意識しながら進めていく必要があると感じています。幸い、センターで一緒に働いているみなさんの能力は極めて高いですし、それゆえに、慶應の臨床研究のクオリティをどこまで上げていけるかというのが、これから真に我々に求められると思います。

大家:臨床研究支援部門には、四つのユニットがありますが、それぞれどのように役割分担されているのでしょうか。

三浦:一つ目に、プロジェクトマネージメントを担当する「企画運営ユニット」をご紹介します。これは、最初から最後まで一気通貫にきちんと予定通りに研究が進捗しているかを確認し、その中に隘路、つまり進行の妨げになる困難な問題があれば、それを克服する道筋を見出してしっかりフォローする、研究の水先案内人のような機能を持っています。単純に案内するだけではなく、具体的な問題の解決策もきちんと提案できるというところがポイントです。

次に、「データ管理ユニット」です。研究が成果を挙げていくためには、最後はエビデンスとして仕上げていかねばなりません。それには、統計解析するためのデータがしっかりしたものである必要があります。データの"バリデーション"と呼んでいますが、要はそのデータが間違いないものであることを確実に証明していくため、データの品質管理を実施し、最終的にその品質を確保する機能です。

そして、臨床研究の進捗と同時に、研究計画書に従って間違いなく進んでいるかを内部者としてしっかり確認していく「モニタリングユニット」があります。これは悪いものを見つけるというよりも、先ほどお話した、どういうところに隘路があるのかということと表裏一体の関係だと思います。あくまでも研究を行っている先生がたや、その対象者の方々の視点からの問題の所在を明らかにしていく、という機能です。

最後のユニットは、「薬事管理ユニット」です。研究の成果物について、薬や医療機器にしようと考えたときに、薬事承認申請という出口をしっかり考えて戦略を立てることが重要になります。独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)と始めとする規制当局の視点から見て、研究が実用化というゴールに向かってまっすぐなラインに乗っているかを確認する、あるいはそれに関してPMDAと交渉し疑問点はクリアにしていくというような役割を担っています。

このように、臨床研究支援部門は、例えるならば「臨床研究」という名の"ランナー"がまっすぐ確実にそして最速で走れるようにサポートする、4つのユニットで構成されております。

大家:私たち泌尿器科では、この2年間、AMEDからシーズCの研究費を支援いただいて医師主導治験を実施したのですが、それこそ臨床研究推進センターには、実施計画書の作成から統計解析、CRCのサポートからデータ管理までの全てをサポートしていただきました。これは本当に素晴らしいことです。というのも、そのおかげで私たちは患者さんのリクルートと診察に専念できるわけです。医師主導治験はハードルが高いと思っている先生には、「本当に面白いものだったら、どんどん頑張ってやればいい。あとは支援部門にまかせろ」とお伝えしたいです。

三浦:「自分の患者さんを助けたい」というモチベーションを、研究のエネルギーにどう転換させていくのかが重要ですね。研究成果を論文として出していくことはそれ自体すばらしいことですけれど、やはり医師として「命を救う」というところにつながるのが、臨床研究の良さだと思います。臨床研究が最後には患者さんの命を救うことにつながる、という"よい循環"の例を先生方がどんどんお示しいただくことで、また次のモチベーションにつながっていくと思います。

大家:まったくそのとおりですね。ありがとうございます。

良い循環を生む、慶應義塾大学の気風

大家:三浦先生は、半年前に厚生労働省から、ここ、慶應義塾大学に戻っていらしたわけですが、実際に半年を過ごして、どのような感想をお持ちですか?

三浦:行政機関では、さまざまなルールがあり、そのルールが守られていないとダメということになります。もちろん行政の目的に基づいているのですが、それが行き過ぎると、ルールを守ることが目的になってしまう。つまり、手段と目的が転換している場合が無きにしも非ず、というところもあります。それに対して慶應は、ルールがどうこうという前に、これは自分の仕事として「良い」と思ったら、それに猪突猛進できる仕組みといいますか、目的に向かってまっしぐらに走れる自由な気風と、それについていける能力があるといいましょうか...。ある意味「驚きの組織」です。誰からも「何をしろ」と言われているわけでもないのに、一人ひとりがちゃんと自分のミッションを持ちながら全力で走っている。これは建前の世界と違って、それぞれの関係者の気構えといいますか、目に見えない伝統や気風に支えられていると思います。

考えてみればとんでもない組織です。そんなに自由にしたら何もしなくてもいいと言うことにならないかという懸念を吹き飛ばすようなこの組織のモチベーションの高さが、翻って自由を許してくれている文化をつくっているのだろうと思います。これはもう、誇るべきことで、誰から言われることなく、どんなに大変なことでも重要なことであればチャレンジしていくという文化が、この大学の良さではないかと思います。

大家:ありがとうございます。本当に福澤諭吉先生の「独立自尊」ですね。それから「半教半学」。これらの言葉通りに私たちは動いていると思います。臨床研究をやるには、非常にいい文化が根っこにある。そう考えてよろしいでしょうか。

三浦:そうですね。先生がた、特にリーダーシップをとる教授の先生がたの姿を若い人たちはみな見ていると思います。数年前に亡くなられましたが、生前、小児科の教授だった小佐野満先生にポリクリ(病院実習)でお会いして、その姿がとても印象的でした。本当に患者さんを第一に考えられていて、それを拝見して「あぁ、こんなすごいことが日常になっているのが慶應の医療なのだ」と、心から感動したのを今も覚えています。そういう意味では、若い人たちは、特にリーダーシップをとる先生方の姿を見ていて、自分も追いかけたいと感じる、それがまた良いフィードバック、良い循環になるのではないでしょうか。臨床研究の支援を行う部門としては、高いモチベーションを持っている先生がたの支援ができるということは、すばらしい経験をその先生と一緒にできるということになります。チームとして考えれば、リーダーシップをとっていただける先生がたの役割は、とても大きいと思います。

大家:ありがとうございます。本当に示唆に富んだお話をお伺いしました。座学としてたくさんの授業を受け、手技に関しても、先生がたから実技を習いますが、医者としてどうあるべきか、というテーマを習う授業はおそらくないです。大切なことは、いかに人としてこの患者さんをしっかり診て、それを自分の強いモチベーションにするということですけれども、これはもう先生から習うということでなく、模範となる先生の背中を見て自分で学ぶものですよね。

今後の展望と期待

大家:今後、慶應大学は臨床研究中核病院として、他拠点の研究支援なども行っていく等、軌道に乗るほどにさらなる取り組みが増えていくわけですが、どのような将来展望をお持ちですか?

三浦:臨床研究支援部門だけに限りませんが、臨床研究推進センターの持っている実力は高く、それを発揮する場をもっとつくっていかなければならない、と思っています。慶應が質の高い臨床研究を行っていく上では、少なくとも、いわゆる先進医療Bや医師主導治験、患者申出療養などといった、重要なプロセスにかかわる臨床研究については、もっと臨床研究推進センターが関与していくことが、ノウハウを大学内に内在させるという意味でも重要だと思います。困難な問題であればこそ、それを処理していく能力を高めていく必要があると思います。

そのためには、体制の強化も必要になるでしょう。臨床研究中核病院、橋渡し研究の拠点に指定された結果、首都圏の医学系大学によって構成される首都圏ARコンソーシアム(MARC)などの新たなネットワークが、まさしく今始まろうとしています。そのチャンスを逃さずに、臨床研究推進センター、特に臨床研究支援部門の強化にそれをつなげていくことが必要だと考えています。

大家:これから先生のご支援を受けて、ますます臨床研究を推進したいと思っています。今後とも変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。

対談後記

大学を卒業してから30年あまりを経て、またこうして信濃町のキャンパスに戻ってまいりました。学生の時と比べて、きれいな病棟がたくさん建ち並び、まるで新しい別の大学に来たような印象を受けました。でも人々の健康のために熱意あふれる教授をはじめとする先生がたの姿は変わらないと思いました。 今、慶應の臨床研究はとても難しい環境にあります。幾つかの大学病院での事件を受けて臨床研究法の施行を始めとして臨床研究に対する管理が強化されるとともに、個人情報保護についても一層の配慮を求められるようになってきています。制度に飲み込まれるのではなく制度を活かしながら、より質の高い臨床研究が進められるよう臨床研究支援部門には一層の努力が求められていると実感しています。より多くの新規医療技術を医療現場に届けること、そのことを常に心がけていきたいと改めて認識した次第です。

三浦 公嗣 教授


本日、三浦先生のお話をお伺いして、"究極のチームスポーツ"という言葉に特に同感致しました。私自身の経験からも、医師主導治験となると自分の時間や体力がものすごく取られのではないかと心配していらっしゃる先生に対して、「臨床研究推進センターの支援部門が動いてくれるので、あまり心配せずみんなでやりましょう」と強調したいです。まさに臨床研究を取り巻く状況は現在進行形で変化していますが、高い理想と優れた現場感覚を合わせ持つ三浦先生には、このセンターの未来への航路を示して頂きたいと思います。
三浦先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。

大家 基嗣 教授