第2回:副島 研造 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第2回。トランスレーショナルリサーチ部門の副島 研造(そえじま・けんぞう)教授をゲストに、医学界におけるトランスレーショナルリサーチの役割と今後の展望について聞きました。

Profile

副島 研造 教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・副センター長
トランスレーショナルリサーチ部門長

大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

研究と臨床の"橋渡し"

大家教授(以下、大家):トランスレーショナルリサーチ(TR)部門の副島研造教授にお越しいただきました。まず、TR部門が、臨床研究推進センターにおいてどのような役割を担っているのか教えて下さい。

副島教授(以下、副島):医学の世界において、研究というと大きく2種類あります。一つは、臨床、つまり医療現場とは切り離し、基礎研究として真理を掘り下げるというタイプのものです。もう一つは、少し工夫することで、医療の現場につなげることができる研究です。これを私たちは「橋渡し研究」と呼んでいます。こういった、臨床の現場に生かせるような研究結果を見つけてきて、世の中に出すためのサポートをするのがTR部門です。

大家:医学界を見渡してみると、基礎研究を好む教授はかなり多いと思います。私もその一人だったのですが、学会で認知されることや、論文発表を目標としているようなところがあって、特許の取得や将来的な薬への応用などをほとんど意識していないんです。でも、2014年に慶應病院臨床研究推進センターが設立されてからは、学内外に同センターが「橋渡し研究」の拠点として認識されるようになり、私たち一人ひとりの研究者マインドも変わってきたように思います。

副島:その通りですね。私は肺癌が専門の呼吸器内科医ですが、2002年にイレッサという分子標的治療薬が出てきたわけですが、その後数年してそれがEGFR遺伝子変異をもつ非小細胞肺癌に対してのみ効果を発揮するということが明らかとなり、遺伝子異常に基づいた薬剤の開発というビジョンが明確となったことで、まさに「橋渡し研究」の重要性を身近に感じました。また、2007年に間野博行教授(現・東京大学大学院医学系研究科 所属)が発見した、EML4-ALKという新しい遺伝子異常への対抗策としても「橋渡し研究」は素晴らしい成果をもたらしました。本来はMetという遺伝子異常に効果を発揮するクリゾチニブという薬が、このEML4-ALKという新しい遺伝子異常にもよく効くということが研究でわかったのです。そこですぐに臨床試験が行われ、4年後の2011年には米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)でも薬として承認されました。このように、TRによって、研究が実際に薬へと昇華する過程を目の当たりにしてきたことで、私自身、改めてTRの重要性を再認識しました。臨床研究推進センターでTRを支える立場となった今、TRを通じて、日本の医療技術の素晴らしさを国内外にアピールしたいと考えていますし、そういうことができる組織にしていきたいです。

大家:臨床研究推進センターのTRは、力のある人が揃ったチームですよね。でも今は、個人の力をベースにしつつも、チームとしての力が問われている時代だと思います。私も臨床家として、臨床研究に向き合っていますが、一人ではできることとできないことがあります。そこで、チームとしての「全体力」「和の力」が必要だと思うんです。一人ひとりは自分にできることを全力で取り組み、あとはチームで支えあい、新しい医療技術を創出していく。慶應にはそのチームワークがあると思います。設立からのこの二年間でそれを強く感じました。

副島:私たちのTRチームが誰に対してどういう支援ができるかということを、周囲にわかっていただくということも重要です。そのためのコミュニケーションは大切にしたいですね。

大家:そうですね。臨床の先生に対して、「全部を一人でする必要はありません、この部分をお願いします。残りは私たちが引き受けます」と伝えることは、とても大切なことだと思います。それって研究者を守ることでもあるんですよね。モチベーションにも関わってくることです。広報部門長の身としては、どんな組織なのか、どんな人がいるのか、顔の見える関係をつくり、互いに盛り上げる体制をつくることは、とても大切だと思っています。

シーズの4つの審査基準

大家:日々、たくさんのシーズがあがってくるわけですが、どのような基準で採用不採用を判断しているのでしょうか。

副島:TR部門では、大きく4つの基準を、設けています。もっとも大切にしているのは知的財産(知財)の視点です。たとえ、科学的な価値があったとしても、学会ですでに発表されてしまっているなど、知財としての価値がないものは、製品化することができません。実用化していくというのが、TRの一つの使命なので、知財化できる可能性が残っていないものに関しては、優先順位としては低くせざるを得ません。次に開発可能性です。アイデアは良くても、実際にそれを前に進めていくには課題が山積み、というものは難しいです。逆に、すでに企業によるバックアップ体制がある程度整っていて、開発が進みそうなものは、開発可能性が高いだろうという判断になります。3つめは、アカデミアとして取り組む社会的意義です。企業としてはあまり利益の上がらない希少疾患であっても、成果がありそうなシーズだったら、比較的優先順位を高く設定しています。最後の一つは科学的な重要性。まったく新しい機序を持つ新しいタイプの薬ができそうだとか、そういったものに関しても高い評価をしています。

ネットワークを強固に

大家:今後の展望について教えてください。

副島:私たちは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)に採択された、全国に9つある橋渡し研究支援拠点のひとつです。私立大学として唯一、革新的な医療技術創出拠点プロジェクトに選んでいただいていることを考えると、慶應の中だけを見てやっていればいいということではありません。同じ関東地区には、たくさんの私立大学があり、素晴らしい研究をしている先生がたが大勢いらっしゃいます。ですから、まず、そういったポテンシャルの高いシーズを他大学からも集められるようなネットワークを築きたいです。シーズがなければTRは始まりませんからね。

大家:「橋渡し研究」の支援をしてくれる拠点の存在が、まだ世間に知られていないんですよね。優れた研究をしている人がいても、強力な支援組織がなければ、その研究を臨床の世界に発展させることなどとてもできません。ですから、こういう支援拠点にいる医師は優れた研究を発見したら、伝道師のように、臨床研究の展開についてお話をして、拠点のネットワークを広げていくべきではないかと思います。

副島:そうですね。いい基礎研究を手がけている先生で、「これをもう少し進めたいけれど、どこに相談していいかわからない」というような方はたくさんいると思います。ですから、そういう方々に向けて、しっかりと情報を伝えていきたいですね。

大家:基礎のシーズを持っている人と、私たち臨床家のお見合いみたいなマッチング機会があれば、副島教授のミッションであるシーズの発掘とも表裏一体になるんじゃないかという気がします。また、さらに一歩先の理想をお話しすると、まったく異分野の人と共同研究できるような仕組みができたら、新たな展開が可能になるんじゃないかと思います。

大切なのは、夢と希望と使命感

大家:最後に若手の先生がたへのメッセージをお願いします。

副島:若手の先生たちに実践してほしいことは、まず患者さんをしっかり診る、ということです。患者さんと真摯に向き合っていると、もっと患者さんのために何かできるんじゃないかって思うことがほとんどで、もうちょっとこういう治療があればっていう気持ちを必ず抱くと思うんですよね。臨床をやっているだけで満足するということは絶対ないと思います。そういった気持ちを根本に持って、それをモチベーションとして研究に入っていくと、研究のためだけの研究ではないものが見えてくる。患者さんをなんとか治したい、そのための研究だということを頭に置いてやってくことが大切です。研究には本当に辛いことがたくさんあると思いますが、患者さんのことを思えば、それも乗り越えられるはずです。

そして、そういった日々の地道な研究で生まれた成果を、実際の治療に生かすために、私たちTRという部門ができたわけです。研究を研究で終わらせるのでなく、実現化していくために、私たちもしっかりサポートしていく覚悟ですので、ぜひ夢と希望と使命感を持って、研究と臨床に励んでいただきたいと思います。

大家:ありがとうございました。

※国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)では、画期的な医薬品・医療機器等を効率的・効果的に生活者に還元することを目指し、大学等発の有望な基礎研究成果の臨床研究・治験への橋渡しを加速するため、平成24年度から「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」を進めている。平成28年3月現在、北海道臨床開発機構(北海道大学、札幌医科大学、旭川医科大学)、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学、慶應義塾大学、岡山大学の全9カ所が橋渡し研究支援拠点として認定されている。

対談後記

大家先生とは、前立腺癌と肺癌の違いはありますが、同じ癌の研究者として話が盛り上がりました。一般向けを超えた研究の話もあるかと思いますが、我々医師がどのように研究成果を実際の医療に還元しているかという雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。基礎の成果を臨床の現場へ届ける橋渡し研究というものは、決まった方法論がなく、日本では各大学がそれぞれ試行錯誤しながら支援を行っている状況です。今後、慶應の特色を活かした良い部門をつくっていきたいと思いますので、宜しくお願いします。

副島 研造 教授


今回はお話をお伺いして印象的だったのが、肺がん治療の歴史、特にエポックメーキングの新薬について、淀みなく話をされていたところです。本当に臨床に情熱を傾けてきた優秀な臨床家だったのだと改めて感じました。臨床がお好きだった先生なので、TR部門長の着任については色々と悩まれたこととは思います。是非とも今後は、今までの知識と経験を活かして、慶應の橋渡し研究を引っ張って行って頂きたいですね。今後のご活躍を期待しています。

大家 基嗣 教授