第11回:村田 満 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第11回。慶應義塾大学病院 臨床研究推進センターのバイオバンキング支援部門の部門長であり、臨床検査科の診療科部長でもある、村田 満(むらた・みつる)教授をゲストに、臨床検査の"これまで"と"これから"、そしてバイオバンキングの"課題と展望"について聞きました。

Profile

村田 満 教授
慶應義塾大学病院・臨床検査科・診療科部長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・バイオバンキング支援部門長

大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

慶應初の遺伝子検査室の立ち上げ

村田 満

大家教授(以下、大家):村田先生は、血液内科がご専門で、現在は臨床検査科の診療科部長も務められておりますが、臨床研究推進センターのバイオバンキング支援部門長になられた経緯について教えてください。

村田教授(以下、村田):ご紹介頂きましたように、私は血液内科を専門とし、特に研究では患者さんから実際に検体をいただき、それを分析するということを長くやってまいりました。1989年からはアメリカのサンディエゴに留学し、血清のタンパクや遺伝子の解析の経験を多く積みました。帰国後は、血液内科の所属だったのですが、1997年に慶應義塾大学病院として初めて、臨床検査科(当時は中央臨床検査部)にて遺伝子検査室を立ち上げることになりました。当時の臨床検査部長である渡辺清明教授とのご縁で、その立ち上げに参画したことが臨床検査科との接点の始まりです。その後、2005年に臨床検査科の専任となり、検体や検査自体の品質管理を中心に、臨床検査に携わってきました。検体を多数扱う部門の一員だったことが、検体を預かるバイオバンキング担務につながったのだと思います。

大家:2018年の2月、厚生労働省が「がんゲノム医療中核拠点病院」を全国で11カ所選定しました。「がんゲノム医療」とは、がん患者さんのゲノム(全遺伝情報)を詳しく調べ、その異常に合わせて最適な治療薬を投与する最新の治療法ですが、その「がんゲノム医療」を牽引する中核拠点病院の一つに慶應義塾大学病院が選ばれました。村田先生が慶應で最初に遺伝子検査をスタートされたのは約20年前ということですが、当時の遺伝子検査はどのようなものだったのでしょうか。

村田:当時、ジャームライン(germline:生殖細胞系列)の遺伝子検査は、研究としてはよく実施されていましたが、これを病院の診療で行うには非常にハードルが高く、殆ど実施されていませんでした。一方、体細胞系列遺伝子検査は普及し始めており、そのころはがん、特に白血病を中心に取り組んでいました。ミューテーション(mutation:突然変異)する遺伝子の配列がわかっていたので、そこをターゲットにしてプライマー(primer)を用意すれば、コスト面でも日常検査に近い感覚で検査ができます。実際に、最初に保険適用されたのも、白血病の遺伝子検査でした。今では、ジャームラインを対象にした遺伝子検査も数十個保険適用されていますが、当時はそのような状況でした。

大家:日本では2001年に登場した、初の分子標的薬のグリベック(適応:慢性骨髄性白血病等)を用いた診療に、遺伝子検査が使われていたのでは?

村田 満

村田:その頃、まさにグリベックが、がん細胞に効いたか、効かないかを判定する遺伝子検査をしていました。白血病では発症時は10の12乗個もあるがん細胞が、10の9乗くらいの数に低下すると、通常の病理検査ではいわゆる寛解と診断されます。でも遺伝子検査をやってみると、実際にはまだ体の中に、がん細胞が残っていることがわかり、その検査結果を元に骨髄移植の必然性や緊急度を判定できます。当時はこういったことを中心に行っていましたね。

大家:やはり、がん治療のパラダイムシフトは、血液がんから起きて、その手法を応用しながら、固形がん治療へと適用が進んできたのですね。

村田:血液のがんは、がん細胞が血中に流れているので検体を取りやすいなど、研究が行いやすかったのだと思います。

大家:私は泌尿器科のがんが専門で、血液がんは専門外ですが、常に血液領域で何が起き、何が注目されているかを勉強するようにしています。最近ではリキッドバイオプシーというのが注目されていますね。固形がんでも進行してくると、がん細胞が血液の中に漏れ出すのでそれを検査して診断に用いるというのが、ホットトピックになっています。

村田:昔の常識では考えられませんでしたが、今では、がん細胞そのものが血中を流れることや、がんに由来するDNAやRNAの断片にも特異的なものがあることが明らかになっています。その意味で、リキッドバイオプシーは従来の腫瘍マーカーとは違い、がんそのものを検査できる有用なマーカーになっているのではないかと思います。

大家:ここ数年間のがんにおける治療の進歩は、本当に目覚ましいものがあります。今では、血液がんだけでなく、さまざまながん治療に分子標的治療が実施できるようになりましたね。

臨床検査室がアカデミックホスピタルの"強み"となるまでの軌跡

大家:慶應義塾大学病院は、公益財団法人日本医療機能評価機構による「病院機能評価(3rdG:Ver.1.1・一般病院2)」の認定を取得し、アカデミックホスピタルとして、高い評価をいただいています。特に臨床検査に関してはSという最高評価を受けており、先生が長い期間をかけて臨床検査科を作り上げてこられた成果だと思いますが、このような組織をつくるまでには、どのようなご苦労があったのでしょうか。

村田 満

村田:ありがとうございます。先代の入久巳教授や渡辺清明教授の時代から、業務の徹底的な標準化と管理に取り組んだことがベースにあると思います。私が臨床検査科の遺伝子検査室を担当した頃もすでに業務や会議などの記録は非常に高いレベルで管理されていました。その後、私が部長に就任してからは、国際基準に適合する検査室としての整備を開始しました。当時ヨーロッパや米国では品質管理を標準化して検査室にも一定以上の管理レベルを求めることが認定制度や法律で定められていましたが、日本には未だそのような基準はありませんでした。(その後、全国的な機運の高まりを背景に、日本でも2017年に法律が制定されました。)

村田 満

当時慶應の検査室では、外部精度管理や内部精度管理などの検査結果を適切に管理する仕組みは構築しておりましたが、国際的基準では、検査室で行う全工程について標準的な手順に則りSOPや記録を適切に保管しているか、問題点の改善(PDCAサイクル)をどのようなプロセスで行ったか、などの徹底的な文書化と管理が求められます。そこで、コンサルタントも入れて整備し、その結果、2014年に国際規格「ISO 15189(臨床検査室-品質と能力に関する特定要求事項)」を取得しました。 今思えば、第3者機関に慶應の検査室のレベルを審査・認定いただいたことが、がんゲノム医療中核拠点病院や病院機能を評価いただく際の指標の一つになり、取り組んで良かったと思っています。

大家:私自身も泌尿器科でグローバルの治験(フェーズⅢ)に参加する際、検査室が国際規格の認証を受けていることが有利に働いていると実感しています。

村田:グローバルの治験は、ISO 15189の認証がないと、ほぼ無理です。国内の治験でも、検査に関する要求は増え続けていて、検査に使用する機器や検査法の指定に対応できないと難しい状況になってきています。

大家:臨床研究推進センターの設立や、検査室のISO 15189認証獲得など、世界基準の臨床試験や医師主導治験を進める土台が整ってきていますね。今後、若い先生たちがPI(Principal Investigator:治験責任医師)を担っていくための下地も、もうできていると感じているので、ぜひ頑張ってほしいです。

村田:引き続き、大事なところを担っていると認識してサポートしてまいります。

バイオバンキングの課題と展望

大家:いよいよ本題です。臨床研究推進センターにおけるバイオバンキング支援部門ついて、教えてください。

村田 満

村田:バイオバンキングとは、研究のために採取された血液や、手術・検査の際に摘出され、診断に使用された後の組織の一部など(生体試料)を医療情報と合わせて保存し、新しい治療法の開発など、未来の医療のために役立たせる仕組みです。
もともと、慶應におけるバイオバンキングの取り組みは、文部科学省が支援する「革新的イノベーション創出プログラム(COI)」の活動の一つでした。その中で、慶應は「健康長寿の世界標準を創出するシステム医学・医療拠点」を担っており、「臨床検査サンプル(血清、血漿)の匿名化バンキングのための技術開発」のプロジェクトで臨床検査の検体が必要になるということで、私も参画することになりました。この技術は非常に優れていて、電子カルテからオーダーすれば、臨床研究のための血清や血漿のサンプル採取から、匿名化、バンキングまでの手続きを自動化できる上、さらに保管検体が今どういう状況か、医療情報や同意文書がきちんととられているか確認することができます。倫理指針に対応した形でこのようなシステムが使用できることは非常に大きなメリットでした。ただ、病院としてこの仕組みをどう活かしていくのか、さらに議論する必要があり、臨床研究推進センターの傘下に部門を設置いただきました。

大家:バイオバンキングは、どうして必要なのでしょうか。

村田:限られた資源を使って、できるだけ効率的に、病態解明や新しい治療法、新薬の開発を進めていくために必要です。ここで言う"資源"とは、人の細胞や組織、血液といった生体試料およびそれに付随する診療情報のことで、診療科や施設の枠を超えて使える"資源"を保管、管理する仕組みがバイオバンキングです。ただ、この貴重な資源をどう活用するかについて、日本ではまだまだ課題があります。例えばイギリスでは国家プロジェクトとして推進されているため、約50万人分の登録があり、バイオ情報が揃っていると言われていますが、日本は登録数も限られており、さまざまなブレーキがあります。

大家:今、日本には大きなバイオバンクが3つありますね。

村田:はい、バイオバンク・ジャパン、東北メディカルバンク、そしてナショナルセンターです。これらの運用という点でも、解決すべき課題は山積しています。特に、個々に研究している先生がたが、採取したサンプルをバンキングに提供する際のメリットは、当面の課題ですね。被験者である患者さんの許諾についても課題があります。特定の研究に利用を許可しても、その時点では未定の別の研究にも使って良いという同意がいただけるかは難しいところがあります。研究者や被験者である患者さんに直接的なメリットが見えづらいのです。

村田 満

大家:確かにそうですね。私たちのようなアカデミーホスピタルにはさまざまな診療科がありますが、バンキングをぜひやってほしいという科もあれば、強い必要性を感じていない科もあり、そこには温度差があります。ただ、病院としては、科の垣根を越えて全診療科で進めると言う方向性もあると思います。将来的に何かのプロジェクトが発足した際、速やかに試料を提供できる体制を構築できればと思いますが、ただそれには、村田先生がおっしゃられたような課題について、議論を深める必要がありますね。

村田:例えば、画像の専門家がすべての診療科からオーダーされる画像検査を解析してAIに読み込ませるなどができたら、とても重要な医学研究になると思います。まずは、そういったことを気がねなく取り組めるような文化をつくることが必要ですね。

大家:臨床研究推進センターができ、臨床研究中核病院に認定され、がんゲノム医療中核拠点ともなると、組織としての方向性と倫理の問題を、全員で徹底的に考え抜かないといけない時代が来たと感じています。

村田:病院全体で議論いただき、ぜひ有効に利用できるようにしたいですね。

医療現場の"縁の下の力持ち"

大家:検査部門は、ある疾患に特化するのではなく、さまざまな診療科に関わっております。その魅力について教えてください。

村田:おっしゃる通り、臨床検査は非常に幅が広く、特定の診療科に偏ってないため、さまざまな見方ができるという点があります。検査学特有の取り組みとしては、検体バンクの標準化や、診療のために出てきた検体を使った横断的な研究などが挙げられます。そういう意味では、まだまだ基礎的なところで取り組むべきことがありますね。
例えば、さきほど日本には3つのバンキングがあるとお話しましたが、採血してから遠心して凍らせるまでのプロセスが標準化できていない現状があります。長期的に保管する検体の保存状態や保管状況にばらつきがあっては、のちのち困ります。採取から保管までのプロセスの標準化も必要ですし、採取してしまった検体がどのような研究に利用できるかを評価するための標準物質(リファレンス)に関する研究も必要と思い、今進めています。

村田 満

大家:バンキングの研究についてお話いただきましたが、臨床検査全体としては、いかがですか?

村田:はい、臨床検査全体としては、各診療科のドクターの診療と研究をサポートする立場と、我々固有の研究を実施する立場があります。サポートという立場では、ドクターの依頼に応じて、しっかりと患者さんのサンプルを採取し、診療情報きちんとつけた上で管理します。二つ目の固有の研究については、たくさんの試料や情報を使って進めますので、研究の範囲が非常に広いのが醍醐味です。さまざまな専門分野の方々と接点があり、いろいろなお話をしながら研究の方向性を見出していくことができるので、とても楽しいです。この分野をやっていてよかったと思っています。

大家:本当に素晴らしいです。村田先生の部門は、どの診療科にも開かれていますね。臨床の現場におりますと、患者さんに異常値があるとすぐに連絡をいただけます。いつも寄り添って頂いてありがたいです。縁の下の力持ちとして、ぜひ今後とも、我々の個々の研究に関しても、先生に相談しアドバイスいただきたいです。

村田:ぜひそうしたいですね。

大家:精度の高い検査を地道に続けていただき、こんなにも大所帯の医療組織を支えてくださって、本当にありがとうございます。病院の一医師として、代表として、心からの感謝と共に、この対談を締めくくりたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

対談後記

村田 満 教授

本日はお招き頂き有難うございました。臨床検査の仕事を「縁の下の力持ち」と言っていただけたのは、とてもうれしいことです。私自身は目立つのがあまり得意でないのです。検査科で大型検査機器や試薬の入れ替えを行うときも、外から見ると「あたかも何もなかったかのように」更新することを心がけています。診療や臨床研究がスムーズに進むように支えることが私達の仕事の第一の目的です。これからも、そのために徹底して取り組み、医療に貢献していきたいと思っています。

村田 満 教授


大家 基嗣 教授

今回、あらためて臨床検査室の立ち上げやバイオバンキングの取り組みのお話を伺い、村田先生が、常に一歩先を見据えて"医療を行う上で必要なインフラ"を整えてくださっていることを再認識し、感謝の気持ちでいっぱいになりました。ほぼ全ての診療科とつながりがあり、血液検査、遺伝子検査、病理等、全体を俯瞰して見ていただける村田先生の視点は、これからのアカデミックホスピタルにおいて益々重要になってくると感じました。慶應義塾大学病院のさらなる発展のために、是非引き続きお力をお貸しください。

大家 基嗣 教授