第13回:佐藤 泰憲 准教授

大家基嗣によるリレーインタビューの第13回。慶應義塾大学病院 臨床研究推進センター 生物統計部門長の佐藤泰憲(さとう・やすのり)准教授をゲストに、医療領域で果たす生物統計の役割や意義、臨床とデータ解析のかけ算が広げる医学の可能性と新潮流について聞きました。

Profile

佐藤 泰憲 准教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・生物統計部門長
慶應義塾大学医学部・衛生学公衆衛生学・准教授
慶應義塾大学大学院・健康マネジメント研究科・准教授

大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学医学部・泌尿器科学教室・教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
※所属・職名等は取材時のものです。

医学と統計学の「交差点」

大家教授(以下、大家):佐藤先生は、生物統計学の専門家でいらっしゃいますね。生物統計学は、いわゆる統計学と、どのような点が異なるのでしょうか。

佐藤准教授(以下、佐藤):統計学とは、収集したデータを解析することで、そのデータが持つ性質などを適切に推察するための体系的な方法論を提供する学問です。生物統計学は、医学・生物学領域における統計学のことを意味しており、医学研究のデータ解析、結果の解釈、論文投稿など、今では医学研究におけるあらゆるプロセスで必要とされています。統計学のスキルはもちろんですが、薬のメカニズムや治療法など医学に対する理解や知識が大切ですね。

大家:日本では生物統計学の専門家が不足していると言われていますが、佐藤先生はどのようなきっかけで生物統計家の道を歩まれたのですか?

佐藤:もともと私は工学部の出身です。工学部では、金融や医療、製造業における品質管理など、工業部門に統計学を応用することが多いのですが、私の卒業研究は、裁判所からの依頼で、筆跡鑑定を客観的に評価するための統計学に取り組んでいました。医療分野に興味を抱いたのは、大学院生のときに父が大腸がんを患ったことがきっかけです。父はステージⅢで転移の可能性もありました。そのとき医師から術後に抗悪性腫瘍剤「TS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)」のランダム化比較試験への参加について案内があったのです。

大家:「TS-1」のランダム化比較試験が盛んな頃だったのですね。新しいがん治療は、ランダム化比較試験で有効性が証明されることにより、標準治療となりますからね。

佐藤:はい。しかし、当時の私は医学分野に明るくなく、ランダム化比較試験がどんなことか、よくわかりませんでした。父を助けたい一心でいろいろ調べ(幸いにも父は今も元気です)、その中で、臨床試験に統計学が必要であることや、その分野を専門とする統計家がいないことを知ったのです。さらに、がん予防やがんゲノム研究が注目されている一方で、バイオインフォマティクス(生物学のデータを情報科学の手法によって解析する学問)の専門家も足りてないという事実も知りました。それらのことから、バイオインフォマティクスと生物統計学を融合させたら興味深いのではと考えるようになりました。そのことをたまたま懇親会で話したことをきっかけに、国立がん研究センターの吉田輝彦先生(62回生)にお声がけいただき、当時先生が参加されていたミレニアム・ゲノム・プロジェクトでがんゲノムデータ解析に関わるようになりました。大学院生のときのことです。

大家:お父上のご病気が契機となったのですね。

佐藤:はい。その後、博士課程に進学し、この分野の専門性を高めようと思った矢先、医薬品医療機器審査センター、現在の独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA;Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)から、薬の審査に携わる統計家が不足していると研究室に相談があり、月曜から木曜をPMDAに、残りの3日を博士研究にあてる生活が始まりました。

大家:多忙を極めるスケジュールですね。

佐藤:あのときは、本当によく学びましたね。それが今につながっていると思います。

大家:工学分野の統計学から生物統計に興味をお持ちになり、医学領域に入ってこられた佐藤先生は、私たちと逆側からのアプローチをたどっていますね。私たち医師は、医療に従事しながら臨床研究や論文執筆のために、統計領域にアプローチしています。まさに生物統計学は、佐藤先生たちの統計文化と私たちの医療文化が出会う「交差点」のような領域ですね。非常に興味深いです。

人を惹きつける極意を学んだ、ハーバード時代

大家:佐藤先生は、その後ハーバード大学の公衆衛生大学院にも留学されています。The New England Journal of Medicine(NEJM)に出された論文「Statistical Methods in the Journal an Update」も拝見しましたが、ハーバードではどのようなことを学んだのですか?

佐藤:PMDAで薬の審査をしていたときに生物統計の専門性を高めないと立ち向かえないと感じ、ハーバードに留学しました。レスポンス早くきちんと仕事に取り組んだことが功を奏し、いろんな機会に恵まれました。ご存知の通り、NEJMは、200年以上の歴史を持つ医学界のトップジャーナルです。そのオフィスがたまたま私の所属する研究室の隣の建物にあり、上司だったJames Ware先生がNEJMのStatistical Editorをなさっていました。論文のレビュープロセスを見せていただき、論文のAbstract一つとってもいかに面白く書くかということを徹底的に学びました。特に、論文投稿時の論文の表紙につけるカバーレターの書き方など、原文が真っ赤になるほど指導いただきましたね。

大家:実は私もよく医局員に言っているのですが、「いかに人を惹きつけるか」は、人に物事を伝えるために欠かせない視点ですよね。講演する、論文を書く、研究費を申請する場合も共通することがある。何のための論文か、研究か。未解決の問題は何で、それにどのように取り組むのか。これを最初にビシッと伝えることで、人を引き込むことができますし、それができていなければ関心を持ってもらうことすら難しい。私も日々痛感しています。学びにあふれた一年半のハーバード生活を経て、戻られたのが前職の千葉大学ですね。

佐藤:はい。千葉大学が臨床研究中核病院の認定を得るにあたり、生物統計家を必要としており、帰国しました。

大家:慶應義塾大学病院も2016年3月に臨床研究中核病院認定を受けましたが、臨床研究中核病院のミッションは国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的役割を担うことなので、認定を受けると臨床研究の幅がグンと広がり、非常に高い質と深みが必要とされます。それゆえ、生物統計学の専門的な検討なくしては、臨床研究の成功は成し得ません。佐藤先生には2018年から本学にお越しいただきましたが、研究デザインについての統計的根拠、研究仮説を示すための適切な統計手法、得られた結果の効果的な見せ方、統計的関与の妥当性、統計論文における査読コメント対応など、様々な相談にご対応いただき大変助けられております。
こういった研究サポートのほかに、生物統計学の教育プログラムも手がけていらっしゃると伺っています。

佐藤:はい。医学部の2〜3年生を中心とした学部生対象の医療統計関連の講義を15コマ、大学院生対象の講義が15コマ。統計ソフトを用いた実習も含んでおり、生物統計学について包括的に学べるようなプログラムになっています。

大家:それはすごい。私が学部生だった頃にはなかった授業ですね。日本の医学界が進化している証ですので、若い先生がたには、ぜひ興味を持っていただき、さまざまな観点から医療に必要な知識を身につけてほしいですね。

医師の感覚値のエビデンス化が、次の課題解決につながる

大家:様々な臨床研究がありますが、まず最もハードルの低い臨床研究としては、内科であれば疾患の症例、外科であれば手術のデータをたくさん集めてレトロスペクティブに解析するといった場合に、生物統計学の観点が必要になると思います。実際に研究を開始する際、どのようなことに留意して臨んだら良いのでしょうか。

佐藤:まず大切なのは、研究の目的(研究仮説)です。最初に行うのは、ご相談にいらした先生がたからよくお話をお聞きし、研究目的をはっきりさせることです。次に、その目的達成のためにどのような定量化が適切かを考えます。客観的に評価するためにどのような対象集団、評価項目が必要か、バイアスが入らないようにするための要件を洗い出し、その上で評価に必要なサンプルサイズや解析方法の決定など、研究の詳細部分をデザインしていきます。

大家:プロトコール(研究計画書)作成前に、生物統計学的な視点からを設計する必要があるということですね。国際治験では、統計要件が最初からきっちりと決まっていることも多いのですが、そういった場に背景を理解して臨んでいただくためにも若い先生がたには是非佐藤先生の生物統計学の指導を受けていただきたいと思います。医療統計相談についてはフライヤー等でもご案内頂いているのですね。

佐藤:はい。ご相談に対応するために、WEBサイトに専用の受付フォームを設け、現在ひと月に40~50件ほどご相談をお受けしています。お問い合わせいただいた内容は、すべて対面式でお答えする機会を設けております。

大家:それは大変な数ですね。常に予約待ちの状態なのでしょうか。

佐藤:統計家は私を含めて3人いるので、バランス良く分担して承っています。今のところ、長くお待たせせずに対応できています。

大家:相談時に留意してほしいことなどはありますか?

佐藤:私自身は、自ら、特定の疾患の治療を目指して勉強する機会はないので、お越しいただいた先生の研究以外の話から学びを得る機会はとても多いです。例えば、救急科の先生から敗血症に関する研究の相談をいただいた際は、敗血症のSOFAスコアアリングのつけ方を教えていただきました。私が統計のことをお話する代わりに、医学のことを教えて頂いております。いわば"ギブアンドテイク"の関係です。

大家:なるほど。まずはお互いの分野に興味を持つために、何故その研究や疾患に取り組もうとしているか背景を先生にお話し双方向で理解しあうことが重要となるわけですね。背景を理解することで、いい相談につながり、いい研究を生むのですね。

佐藤:はい、そうです。一つ、具体的な例を紹介します。開頭手術をせずに脳内の病巣をナイフで切り取るように治療できる「ガンマナイフ治療」を専門となさっている脳外科の山本昌昭先生(50回生)から、レジストリ(患者情報)を元に何かできないかとご相談いただいたことがありました。ガンマナイフ治療で良い成果を上げているのに、それが実績として広く認知されていない、というものでした。そこで、日本国内から1200名を集め、多発性脳転移患者に対する定位放射線治療に関する多施設前向き共同研究としてまとめた結果、5大医学ジャーナルの一つである『The Lancet Oncology』に掲載され、腫瘍個数が5以上に対してガンマナイフがファーストライン治療となりうることを示し、NCCNガイドラインにも掲載されました。このように、先生がたのお話をしっかり聞いて試験をデザインすると、エビデンスに足る成果につながりやすい研究ができると考えています。

大家:私たち医師が、臨床の現場で経験的に「これが適切だ」と感じている治療法や医療判断は正しいことが多く、その感覚こそが臨床医の一番の価値だと思っています。しかし、それはいわゆる"アネクドータル"。経験則的で、エビデンスに基づいているとは言い難い部分があります。こういった医師の経験に基づく感覚値をエビデンス化するための"橋渡し役"を佐藤先生が務めてくださっているわけですね。もちろん日々臨床の現場にいると、統計的に良いエビデンスが示されている治療を行っても、一部、全く効果の出ない方もいらっしゃいます。その場合は「なぜ当てはまらないのか」「何が要因でそうなるのか」という疑問や分析が次の研究を生みます。

佐藤:そのとおりですね。

大家:取り組むべき課題は日々現れ、研究に終わりはありません。一人一人の患者さんと丁寧に向き合い、この症状を治したい、解決策を世に出したいという強い想いこそが、私たち医師のドライバーです。佐藤先生にご相談することで、一つでも多くの慶應義塾発のエビデンスを世に出すことにつなげ、課題解決に結びつけていきたいですね。

生物統計学が示すデータには、物語がある

大家:ここまで、臨床研究における生物統計学の意義についてお伺いしてきましたが、それを専門とする面白味は、どのようなところに感じていらっしゃいますか?

佐藤:私にとっては、データを扱うことそのものに物語を感じています。先生がたと一緒になって、データを収集する段階から思考をめぐらせ、解析するときは最もワクワクします。想定通りの結果であればうれしさいっぱい、失敗したら原因を考える。それらが一つの流れとしてわかるのが、非常に面白いです。また、そのプロセスの最後に、論文になった、薬事承認された、患者さんへの新しい治療法になった、ガイドラインが変わったなどが待っていることも醍醐味です。最終的に患者さんに届き、医療につながる成果を出せることが、何より面白いですね。

大家:それは理想的な仕事のやりがいですね。今後とも、ぜひ私たち臨床の現場に力をお貸しいただきたいです。

慶應としての明確な「目標」設定が、強くて太い新潮流を生む

大家:佐藤先生が慶應義塾にいらして2019年4月で1年。どのような印象をお持ちですか? また、今後、慶應義塾でチャレンジしたいことについてお聞かせください。

佐藤:慶應義塾に着任して、ハーバード大学に留学したときと同じようなインスピレーションを感じました。一言で表現すると、宝がたくさんあるという感じでしょうか。やるべきことはたくさんあるし、研究熱心な先生もやる気にあふれた優秀な学生さんもたくさんいて、おまけに教育及び研究のインフラも整備されている。いろいろ面白いことができそうだという感覚を抱いています。臨床研究推進センターでは、先進医療や医師主導治験を優先的にサポートしていますが、慶應義塾大学全体でみると先進医療や医師主導治験の占める割合は5%くらいだと思います。それ以外の大切な臨床研究が各医局にたくさんありますよね。それらに統計的なアプローチを行うことで、発展につながる可能性を感じています。無料の統計相談はそうした可能性を発掘するためでもあります。

大家:そうですね。慶應病院の医学部は2017年に100周年を迎え、2018年5月に素晴らしい新病棟が完成しました。医師一人一人が、こういった最新設備や自身のスキルを生かして患者さんを真摯に治療するほかに、慶應病院として世界の医学界に向けてどのようなことができるか。私たちは、このことにも向き合っていく必要があると考えています。そのためにはしっかりとした臨床試験や論文執筆が不可欠かと思うのですが、佐藤先生は、どのようにお考えですか?

佐藤:今、慶應義塾大学として世界に向けてエビデンスを出していくには、2つやり方があると考えています。一つ目は、これまで通り、ランダム化比較試験などの手法に則ったエビデンス創出方法を取り組むことです。これは、臨床研究推進センターが今進めている仕組みで、すでにうまく機能し、推進されていると思います。もう一つは、臨床試験ではなく、関連病院などと協力してレジストリを構築し、ビッグデータ解析をして薬事申請を行うなどの"新しいやり方"です。現在PMDAが行っている医療情報データベースMID-NET(Medical Information Database Network)を拡張するなど、AI(人工知能)やOI(オリジナル知能)などを活用した新たな方法の実践のために、どういうチームを作っていけるか。革新的に世の中が動いている今、何を目的として活動するかが重要だと考えています。慶應義塾大学は、AIもOIも"新しいやり方"に臨むためのインフラがすでに整っていてすばらしい環境です。よって、目的が明確になることで、新しい研究がどんどん生まれるのではないかと考えています。

大家:そうですね。慶應義塾大学病院では、AIを使った医療の効率化なども始まっています。日本を代表する病院として、新たな方向への取り組みもどんどん進めていきたいですし、その分野の育成も推進していきたいと思っています。佐藤先生、これからもぜひお力をお貸しください。ありがとうございました。

対談後記

佐藤 泰憲 准教授

今回このようなインタビューの機会を与えて頂き誠に有難うございました。大家先生とお話し、疾患を問わず、様々なタイプの医学研究に横断的に関与でき、その多くで本質的な貢献ができる可能性を秘めていることが生物統計の大きな魅力とあらためて感じました。慶應義塾大学としての特性と信濃町キャンパスの地の利を活かして、生物統計学やデータサイエンスに関する教育・研究指導はもちろん、臨床研究のOn-the-Job Trainingに積極的に取り組み、慶應発のエビデンスを1日も早く医療として患者さんの元に届けられるように、日々精進して参ります。

佐藤 泰憲 准教授


大家 基嗣 教授

今回お話を伺ってあらためて感じたことは、「臨床研究」は異なる分野の専門家の"出会いの場"であるということです。「統計」の専門家である佐藤先生が、専門外である「医学」の知識を医師から得て、背景を理解したうえで統計支援を行ってくださることにより、新たなエビデンス創出の可能性が広がっていくのですね。そのためには、互いの専門性に関心を持ち、"Give and Take"のコミュニケーションを行うことが大切と再認識させていただきました。医学統計相談全てにFace to Faceでご対応いただくなど大変なご尽力をいただいておりますが、今後の医療の発展に向けて引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

大家 基嗣 教授