第7回:阿部貴行 専任講師

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第7回。臨床研究推進センター生物統計部門長の阿部貴行(あべ・たかゆき)専任講師をゲストに、同部門の役割を解説いただくとともに、臨床研究における「統計」の役割や意義について聞きました。

Profile

阿部 貴行 専任講師
慶應義塾大学病院
臨床研究推進センター・生物統計部門長
大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

「統計」との出会い

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大家教授(以下、大家):阿部先生は、生物統計学がご専門ですが、専門に至るまでのバックグラウンドをお聞かせください。

阿部 専任講師(以下、阿部):最初は外資系の製薬企業に12年勤め、主に治験の生物統計を担当していました。その後2010年に、慶應大学医学部のクリニカルリサーチセンター(当時)に着任し、以来、生物統計の責任者を務めています。活動のきっかけは、もう二十数年前になりますが、大学の恩師が当時、厚生省で生物統計の仕事をしていたことです。恩師は非常にユーモアあふれる人で、統計の講義がとても面白かったのです。例えば、こんな話がありました。ソフトドリングの売り上げが伸びる時期に、ポリオの感染も広がります。一見するとソフトドリンクが原因に見えますが、実は、ソフトドリンクの売上げが伸びる夏にポリオの発生は起こりやすいのです。専門的に言うと、季節が交絡因子となってみかけの相関関係が生じたというのですが、他にも面白い例題が多くすぐに統計学に興味が湧きました。二十数年前の講義内容を今でもしっかり覚えているということは、とてもいい講義を受けていたということだと思います。それで私も統計家への道を進むようになりました。

大家:相関関係は必ずしも因果関係を意味しないということですね。そういう出会いは、統計に対する興味の入り口になりますよね。

阿部:そうですね。

大家:統計というと、多変量解析やカプランマイヤー曲線などの言葉が出てきて、難しい印象もあります。しかし、今はソフトを使ってできることが増えてきているので、若い先生も全くできないというわけではないと思いますが、そこに至るまでの、なぜこういうことをやっているのかは、やはりきちんと学んでいく必要があると感じます。ですから、これから阿部先生の生物統計部門は、中川敦夫先生の教育研修部門とさらにタイアップして、若い先生たちが生物統計を系統的に学ぶ機会を増やして欲しいですね。また魅力的なプログラムをつくって、一部の先生の食わず嫌いもなくしていただきたいと願っています。

「生物統計部門」における、3つのやりがい

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大家:恩師の影響で統計に興味を持たれたとのことですが、現在の日々の仕事の中で「面白いな」と実感されることはありますか?

阿部:やりがいを感じることは非常によくありますね。私の仕事は、大きく3つありますが、1つ目は医師主導治験や臨床研究における生物統計の仕事です。統計家は、まさに臨床試験の最初の計画デザインの段階から、データ解析、結果の解釈、論文投稿という最終段階まで関わります。私はもともと医学の知識はありませんでしたが、研究責任者の先生にいろいろ教えていただきながらデータの意味を理解し、一緒に進めていくことができます。最先端の医学研究に参加していることは、非常にやりがいを感じますね。

大家:私も同じように、医師主導治験に関わっているのですが、そのおかげで、自分がまったく知らない分野に様々な専門家がいることを知り、そして、その違う分野の専門家のおかげで医師主導治験が成り立っていることをつくづく実感しました。このように医師主導治験や臨床研究では、分野の違う人たちが出会い、接点を持つことが多々ありますよね。それによって意外な化学反応が起きたり、思いもよらない美しいハーモニーが奏でられて、さらにその結果大きな目標に向かって近づくことができていると、日々感じています。これは慶應にとって、とても大きな力になっていますね。 阿部先生の2つ目のお仕事は何ですか?

阿部:2つ目は、医学部における統計教育です。大家先生がお話しされていたように、やはり統計にアレルギーを持っている方は非常に多いです。ですから大目標は、「統計を嫌いにしないこと」を目指しています。大学3年生と大学院生を対象に講義をしているのですが、面白く興味を持って貰える話題を出して、アレルギーを取り除いていくよう心がけています。あとはセンターの教育研修部門と一緒に、年2回、統計のセミナーを行っています。そちらは、若手から中堅の医師、時には教授の先生まで、年間50〜60人くらいの方が参加してくださるのですが、非常に有意義な場になっております。

大家:3つ目についてもお聞かせください。

阿部:私の3つ目の仕事は、医学研究者の先生たちから受ける、日々の統計相談です。慶應に勤めて丸7年になりますが、のべ1,000件以上の統計相談を受けています。おそらく、ほぼすべての教室の先生から相談を受けていると思いますが、難易度も研究領域も非常に多岐にわたっていて、とてもいい経験をさせていただいています。その中で、生物統計共著者として70本以上の医学論文にも参画させて頂き、生物統計学の研究のヒントにもなっています。

大家:私の知らぬ間に、私の泌尿器科の若い医師も、先生のところに相談に行っていたようで、大変お世話になっています。今や、阿部先生に相談するということが、すっかり根付いていますね。そうでなければ、1,000件なんてとてもいかないですよ。

阿部:はい(笑)

臨床研究における「統計」の役割

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大家:統計部門の役割についてもう少しお伺いしたいと思います。そもそも、なぜ臨床研究には統計解析が必要なのでしょうか。

阿部:統計学は、データの科学、つまり「Science of Data」と呼ばれています。そして、臨床試験では大きくわけて二つの役に立つと思っています。一つは、適切にデータをとるということ。もう一つは、正しくデータを分析して結果を解釈する、ということです。よくデザイン&アナリシスと表現しますが、その二つがメインになると思います。前者では、臨床試験で結論を正しく導くためにはいくつくらいの症例数が必要かという計算をし、適切な試験のデザインを組む手助けをしています。症例数はコストにも直結しますのでとても大事な仕事です。後者では、昨今問題になりましたが、臨床研究ではやはり倫理性が大切で、客観的かつ公正にデータを分析することが求められています。統計家はそういったところに貢献しています。

大家:なるほど。臨床研究に参加する患者さんには何かメリットはあるのでしょうか。

阿部:臨床試験では、やはり、試験する薬や機器の有効性や安全性がまだ未確立です。当然、患者さんはボランティアという形でご協力いただくのですが、試験をきちんとデザインしないと、せっかく取ったデータが使えなくなってしまいます。例えば、実用化するために必要な承認申請もできませんし、論文にすることもできなくなってしまう。そうすると、せっかくの患者さんの協力がムダになってしまいますよね。このような点で、統計は患者さんにもメリットがあると思います。科学性というものは、臨床研究に求められる倫理面のひとつの側面なのです。

大家:デザイン&アナリシスのうち、ついアナリシスに目が行きがちですが、ある程度勉強すると、デザインが非常に大切だというのがよくわかりますね。入り口としての試験デザインが大事だということは、しっかり強調すべきところだと思います。デザインとアナリシスが両輪として、共にしっかり回っていないとダメ。それが「Science of Data」ということですね。

阿部:そうですね。

大家:患者さんのメリットという点でいうと、我々医師は、患者さんと直接の接点を持つという意味で、本当に最前線に立っているということを改めて考えさせられます。確立されていない治療についてしっかり話し、倫理性や科学性を担保した上で、患者さんに理解を求め、協力を仰ぐことで、治験が成り立っているというわけですね。お話を伺って、襟を正して患者さんに接していかなければならないと、改めて感じました。

研究者に「統計」の知識は必要か

大家:研究者と統計の関わり方についても教えてください。研究者は統計を理解する必要があるか、という質問なのですが、私は、半分イエスで、半分はノーだと思っています。いかがでしょうか。

阿部:先生方は、普段論文などを読んで、最新の治療に関する情報収集をされていると思います。その中には、検定のαやβ、P値や信頼区間、相対リスクやオッズ比などの統計用語が当たり前のように出てくると思います。統計の知識が深ければ、それだけ論文を正しく深く読めるという意味で、研究者にも統計は必要だとは思いますね。

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大家:本当にそのとおりですね。先ほど、先生が挙げていただいた統計のキーワードを理解していないと、臨床研究の論文を読んでも、何のことかわかりませんし、そのインパクトがまず理解できないですよね。「Evidence Based Medicine」という言葉がありますが、そもそもエビデンスとなった研究論文を読み解くには、ある程度、統計の理解がないと絶対に理解は深まりません。

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阿部:そうですね。

大家:論文化された時は、私も必ずきっちり読み込むことにしていますし、若い医師にもそう教育しています。と言いますのも、学会などでの発表でサラッと流されているような部分が実は大切で、論文にはしっかりとその内容が書き込まれているというケースが往々にあり、そこに新しい発見の種があるからです。

阿部:論文をしっかり読み込み理解するためには、キーワードはもちろん、それに加えて「データがどのように取られたか」というデザインの部分を理解することが大切だと思います。

大家:そうですね。論文は長い時間をかけて出てきた財産のようなものですから、どういう患者さんが組み込まれているか、割付因子はどうだったかといった臨床試験のデザインまでしっかり読み込んで、自分なりの考えを構築する必要があります。

阿部:ただ、どの学術分野も同じだと思いますが統計学も専門的にやろうと思うと、非常に時間がかかります。私も統計学に20年以上かかわっていますが奥が深いと感じます。どこまでやるかというのは各々の興味に寄るところが大きいと思いますし、どこまで自分でやれるのかというのも、客観的に判断することが重要です。つまり、できるところまでは自分でやる、できないところは専門家に任せる、というような役割分担が私は大事だと思います。

大家:全く同感ですね。「ある程度のところはできるが、これ以上は専門家が必要だ」という線引きが非常に大切で、ぜひみなさんにも理解していただきたいですね。

臨床研究を支える「統計」

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大家:臨床研究を支援する上で、何かご苦労があれば教えて下さい。

阿部:企業に比べて、大学は人員や予算が限られていることが挙げられます。今、私たちの部門では、すでに10本の医師主導治験を進めており、少数で多数の治験を支援していく必要があります。そのために、2つの側面からアプローチしています。一つは、できるだけ効率的に進めること。もう一つは、海外との関係を活用することです。2010年頃からミネソタ大学とロンドン大学の医学統計部門と非常に良い関係を築いていて、もう10回ほど訪れています。各大学には30〜40人ほどの統計学者がいるので、彼らの協力を仰ぐなどして、対応しています。苦労も多いですが、私は必要な苦労は嫌いではなくて、やりがいのほうが大きいです。先ほどお話した統計相談でも、先生がたから「一カ月くらい悩んでいたけれど、ここに相談に来たら一瞬で解決しました」と言われると、大きなやりがいを感じますね。

大家:ありがとうございます。参考までにお伺いすると、今、阿部先生の部門は何名で構成されているのですか?

阿部:私を入れて3名です。うち1名はアメリカ人で、ミネソタ大学の卒業生です。

大家:そうですか。海外の大学には統計部門に30〜40人もの人材がいることを考えると、その十分の一でなさっているというのは、本当に大変なことですね。頭が下がる思いです。しかし、今、慶應義塾大学は新しい時代を迎えようとしている時です。私は留学から帰国後、ずっとこの大学に勤めており、今年でちょうど20年を迎えますが、この20年間における慶應義塾大学の最も大きい変化は、ここ、臨床研究推進センターが誕生したことだと思います。医師主導治験もいつの間にか10本を抱えるようになり、今、まさに新時代が開かれようとしていると、今回のお話で改めて実感いたしました。ご苦労も多いかと思いますが、これからも、私たちをますますご支援いただきたいと思っております。阿部先生、ありがとうございました。

対談後記

170317_Abe_35_small_snip.jpg本日はお招き頂き有難うございました。医学は、統計学をもっとも活用できる領域の一つですし、世界的にも生物統計家と呼ばれる専門家が多く活躍しています。様々な疾患領域において、最先端の医学研究者と良好なコミュニケーションをとりながら研究に寄与していくのは非常に面白く勉強になります。ただ、日本では生物統計家は少数であり医学研究者への支援が十分とはいえない状況です。生物統計家は人々の健康や福祉に直結するやりがいのある職業ですので、是非より多くの若手統計家がこの職業を目指し、知識と経験を積んで日本の医療の発展に寄与して頂きたいと願っています。私も微力ながら啓蒙活動を続けていきたいと思います。

阿部 貴行 専任講師



170317_Abe_05_small_snip.jpg実は、若い先生の間では口コミで「阿部先生に相談するとよい」というのが広がっているのは知っていたのですが、相談件数1000件とお聞きして大変驚きました。すごくご負担をおかけしていますが、若い先生たちは、本当に阿部先生を頼りにしていると思いますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。 一方で、国の施策としても、生物統計の専門家を育成しようという動きがあります。臨床研究推進センターとしても、先生のような生物統計の専門家を、未来に向かって育てていくことは、役割の一つだと考えています。そして、生物統計をライフワークとする人たちが、これからたくさん出てきて、日本全体の医学研究の底上げにつながっていくことを期待しています。このインタビューが生物統計家という仕事に興味を持ってもらうきっかけになれば幸いです。

大家 基嗣 教授