第3回: 青木 大輔 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第3回。臨床研究推進センター 臨床研究実施部門の部門長である青木大輔(あおき・だいすけ)教授をゲストに、臨床研究実施部門のミッションと今後のあり方について聞きました。

Profile

青木 大輔 教授
慶應義塾大学病院
臨床研究推進センター・臨床研究実施部門長

大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

「コーディネーション」がすべてのカギ

大家教授(以下、大家):青木大輔教授にお越しいただきました。まず、臨床研究実施部門が、臨床研究推進センターにおいてどのような役割を担っているのか教えて下さい。

青木教授(以下、青木):まさに臨床試験の最前線である、臨床試験の現場において医師を支援する部門です。我々の部門に所属する臨床研究コーディネーター(CRC:Clinical Research Coordinator)は、実際に患者さんと接して同意を取得したり、どこの病棟を使うかなどの調整、つまりコーディネートを行うのが仕事です。

大家:青木教授方は、婦人科悪性腫瘍研究機構で多施設が共同で行う臨床試験をうまくコーディネートして実績を上げていらっしゃいますね。2015年1月に日本泌尿器腫瘍学会が発足した際もそれが非常に良い模範となりました。国内外問わず、多くの臨床試験を手がけているそうですね。

青木:発足当初から、学術的なことを扱う学会と臨床試験を行うグループは分かれていました。臨床試験を行う体制は、今から11年前に見直され、専属のデーターセンターを構築し、治験と同程度の高いレベルの臨床試験を目指すようになりました。当初は手探り状態でしたね。そんな中、海外の臨床試験グループの試験に参加し、グローバルの多施設参加の医師主導治験を行ったこともあります。

大家:これは、聞いたことがないですね。

青木:その時は、向こうのレギュレーションと当時の日本のレギュレーションに違いがあり、両方に合わせて治験を行わないといけなかったので、非常に苦労しました。この10年を振り返って、大切なのは、データーセンターと臨床試験のコーディネートであることを実感しています。これをなくしては、絶対にできないということがよくわかりました。

大家:なるほど、そうなんですね。

青木:また、我々の臨床試験グループの中では、臨床研究も治験も行っています。治験の際にモニタリングや監査などの経験を積むことができ、臨床研究を行う上でも役に立ちました。やはり、なにがなんでもコーディネーションが大切ですね。CRCやデータセンターの存在は極めて大きいです。

大家:そうやって、産婦人科の先生方、特に婦人科腫瘍を専門とするグループに、高い水準の臨床試験を行う文化や習慣が、浸透していったわけですね。

青木:その通りです。

「信頼」獲得を目指して

大家:さて、臨床研究推進センター内に目を向けますと、青木教授は治験審査委員会(IRB)の委員長でもいらっしゃいます。さまざまな日々の業務に加えて、多数の企業治験の審査を行う任も兼ねていらっしゃるのは、大変な気苦労だと思いますが、日々心がけていることはありますか?

青木:ひとつは、各企業や受託臨床試験実施機関(CRO)から提出される書類について、不備がないように確認や調整を行うことです。これは事務部門できちんとサポートしています。それから、この病院でやることができるのか、あるいは被験者保護の観点から問題はないか、という点は特に注意しています。特に同意説明文書に関してです。企業によっては、海外の説明文書を翻訳し、多少中身を修正しただけで持ってくることがあるのですが、各施設の臨床試験審査委員会(IRB)の判断で、同意説明文書の内容を変えたっていいはずなんです。しかし、それに応じてくれない企業も時々あるので、そのあたりのバランスをとりながら臨んでいます。IRBにはたくさんの方に参加いただいており、新規治験の内容を審議する以外に、副作用や重篤な有害事象なども審議事項にあがっています。いつでも、想定外のことが起こっていないか、十分に注意を払っているということですね。治験の内容が問題だということがあれば、その試験をやめてくださいということも言わなければいけませんので。

大家:臨床研究推進センターができる以前から、早期・探索的臨床試験拠点事業として、「フェーズ1ユニット」がありました。これは、近年の慶應において大きな変化だったと思いますが、「フェーズ1ユニット」発足以降、臨床研究推進センターの臨床研究実施部門ができるまで、どのように変化してきたのでしょうか。

青木:まず、「フェーズ1」というのは、薬の安全性を確認するという治験のフェーズで、薬を実用化するための最初の試験にあたります。薬が安全に使える最大容量設定を行います。効果は二の次で、安全性が第一です。

大家:今まで慶應病院では、「フェーズ2」以降の依頼しか来なかった。「フェーズ2」というのは、患者さんに対して、薬の有効性をみる試験ですね。そして「フェーズ3」というのは、最後の最後、薬事申請に至るような大規模な試験。国立がんセンター東病院や埼玉医大、浜松医大に限られていた「フェーズ1」の試験を慶應が実施できるようになったというのは、本当に感慨深いですね。

青木:「フェーズ1ユニット」では、さまざまな基準を満たしつつ、「フェーズ1」に対応できる病棟を用意していました。ただし、病棟としての人的リソースが十分ではない状態でした。今では、一週間以上前に、いつ入院するということがわかっていれば、3泊までなら臨床試験病棟として稼働できる体制にまでなりました。今後は、細かい薬物動態試験(PK試験)があるような「フェーズ1」や、「ファースト・イン・ヒューマン試験」(ヒトに初めて投与する試験)などの、より高度な試験に取り組んでいきたいと思っています。特に「フェーズ1」では実績が問われますので、ミスがないよう十分注意してやっていきたいです。

大家:まず信頼を得ることが大切ですよね。生みの苦しみの時期を乗り越えると、臨床研究推進センターもうまく回っていくんじゃないかという気が致します。

職種の壁を超え、ひとつの目標を目指す

青木:臨床試験に関する考え方が、ここ10年で大きく変わりました。治験だけではなく、臨床試験もきちんとやりましょうという流れになってきました。おそらく、今の「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)と臨床試験の倫理指針との境がだんだんなくなってくるように思います。そうすると、ますます、実際に患者さんを診る方や患者さんに接する方、さらには他のさまざまな職種の方が機能的に動かなければならなくなります。いっそう相互理解が大切になるし、みなさんの意識が、臨床試験を通してエビデンスを構築しようという同じ方向を向かないと、決してうまくいきません。私たちの体制について、理解が進むといいなと思っています。

大家:そのとおりですね。職種の連携は非常に重要なキーワードだと思います。臨床研究推進センターができましたが、臨床研究というのは医者だけのものでもないし、医者だけじゃできません。それがはっきりわかってきました。そのためには、医者はもちろん、CRC、事務担当者や、生物統計や特許に関わる方々が理解しあい、協力しあわないといけませんね。

青木:看護師さんや薬剤師さん、そして臨床検査技師さんたちもですね。

大家:そうですね。意思疎通やコミュニケーションをうまくはかって、一緒にやっていこうという意識や視点が、今まで以上に生まれてきたように感じます。お互いまったく知らない世界でそれぞれ活躍しているみなさんと、ひとつの目標に向かって歩んでいくというのが、臨床研究推進センターのあるべき姿じゃないかと感じています。

青木:同感ですね。

大家:ありがとうございました。

対談後記

臨床試験というと一般の方々には馴染みのないものでしょうから、我々の日々の仕事をこのような形で紹介するのは、面白い試みだと思います。国際共同の臨床試験に参加した経験からすると、海外のARO(Academic Research Organization)は本当に痒いところに手が届く手厚いサポートをしてくます。我々のセンターも、もっとコーディネート体制を強化して、医師の方の負担を減らしていきたいと考えています。今回はインタビューにお招き頂き有難うございました。

青木 大輔 教授


新聞報道などでは中々伝わらないのですが、臨床試験の裏方ではいろいろな職種の方の協力が必要です。青木先生は、日々のご自身の診療に加えて、慶應における臨床試験の裏方の要としていろいろと心細やかに尽力して下さっていることを再認識して、本当に頭が下がる思いでした。特にインタビューの中で何回も繰り返されていたコーディネーションや意思疎通の重要性は全く同感です。今回は、現場で苦労なさっているCRCさんにも光を当てられた良いインタビューになったかと思います。

大家 基嗣 教授