第1回 橋渡し研究加速ネットワークプログラムシンポジウム

2016年1月、慶應義塾大学病院において第1回「橋渡し研究加速ネットワークプログラムシンポジウム」が開催されました。来年創立100周年をむかえる慶應義塾大学病院は、初代医学部長および病院長であった北里柴三郎先生の教え、基礎と臨床の一体型医学の精神に基づき、これまで我が国の医学研究をリードして参りました。シンポジウムでは、慶應義塾大学病院が橋渡し研究支援拠点となった経緯と、その支援による研究成果の一部を発表すると共に、日本の医学会をけん引する2人のゲストスピーカーにより今後の我が国の医学研究開発の展望について講演頂きました。また、休憩時間及び講演終了後には、慶應拠点が支援するシーズの研究成果についてポスター発表が行われ、活発な議論が取り交わされました(下写真)

講演要旨について以下にまとめましたので、ぜひご覧下さい。

開催概要

日時: 2016年1月27日(水)13:30~18:15

場所: 慶應義塾大学病院2号館11階

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シンポジウム発表要旨

プロジェクト概要説明:臨床研究推進センターのミッション

臨床研究推進センター 佐谷秀行教授

慶應義塾大学病院 臨床研究推進センターは、2014年9月に文部科学省の推進する「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」の拠点のひとつに選定され、有望な基礎研究の成果を臨床へとつなげるために、日々、邁進しています。

米国同様、日本でも難治性、希少性疾患に対する創薬研究や医療機器の開発に対する大学などのアカデミアの貢献が、今後増えていくと予想されます。日本のアカデミアにおける基礎研究は、非常にレベルが高く、難治性疾患や希少性疾患などのユニークな標的に対しても、アカデミアの研究成果を活用すれば、期待が持てる新しい医薬品や治療法を、経費と時間を圧縮して開発できます。もちろん、医薬品としての承認申請は製薬企業と連携して行うので、非常に高く厳しい基準をクリアした創薬研究が求められます。私たちは、研究を机上で終わらせるのでなく、「本当に役立つサイエンス」として実践すべく、上質な基礎研究と臨床実績の積み上げに日々努力しています。

同時に、臨床研究推進センターでは、研究開発や新規事業創出を推進していくうえで必要となる発明のことをシーズ(種)と呼び、基礎研究を臨床応用に持ち込むための支援を行っています。学内外問わず良質なシーズを発掘・支援し、創薬や医療機器開発に繋げていくことが私たちのセンターに課された任務だと考えています。本日はこの後、シーズの発表がありますので、センターがどのような支援をしているかについても、併せてお聞きいただければと思います。

シーズB報告「血小板創製技術の医療応用」

慶應義塾大学 松原由美子准教授

脂肪幹細胞からの血小板創製および、その作製血小板の再生医療応用への橋渡し研究について発表。

脂肪幹細胞を含む間葉系細胞の臨床応用は現在様々な分野で注目されています。私たちは、脂肪組織に含まれる脂肪幹細胞(脂肪前駆細胞)から血小板を作ることに成功しました。そして、この作製血小板を、血小板輸血や創傷治癒といった医療応用へ結びつけていこうと考えています。その社会背景には、献血者の減少から今後ますます輸血用の血小板が不足するという深刻な状況があります。我々は、慶應義塾大学病院 臨床研究推進センターを支援拠点に、現在、2社と共同研究を行っています。今年度の成果としては、脂肪幹細胞を株化する方法を開発し、医療応用へ向けた大量培養が可能になりました。輸血用の血小板については来年度の終わり、創傷治癒に関しては来年度の中盤には非臨床のPOC(Proof of Concept)※を取りたいと考えています。

※注:基礎的な研究で予想された薬の効果が、実際に動物(非臨床)またはヒト(臨床)への投与試験により証明されること。

シーズB報告「新規リガンドを用いたNKT細胞標的がん治療」

理化学研究所 谷口克グループリーダー

新規リガンド※を用いたNKT細胞標的がん治療の進捗について発表。

現在、患者自身の免疫系の作用によりがんを攻撃する、がん免疫治療が脚光を浴びています。とくに、免疫系のナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)は、「がん抗原を提示するがん細胞」を攻撃する獲得免疫系のT細胞に加えて、「がん抗原を提示しなくなったがん細胞」を攻撃する自然免疫系のナチュラルキラー細胞(NK細胞)も同時に活性化し、同時に排除します。そのため、生体内でNKT細胞を活性化するNKT細胞標的がん治療は、再発・転移を抑制する新しいがん治療と考えています。このがん治療は、がん抗原を標的にせず、既にがん患者体内に存在する免疫細胞を活性化する治療であるためどんながんにも応用することが可能で、さらに、NKT細胞を活性化するリガンドを提示するCD1d分子は、種属に共通であるため誰にでも治療効果が期待でき、加えて長期間の抗腫瘍効果が持続するため、効果の期待できるがん免疫治療になると考えられます。NKT細胞活性化リガンドとして、我々は治療効果の高い化合物を見出し、その医療応用を目指しています。慶應義塾大学病院 臨床研究推進センターには、品質、安全性試験についてアドバイスをいただいています。今後、この新規化合物の実用化に向けて、医師主導治験へと進めていく計画です。

※注:NKT細胞だけが持つ特定の受容体に特異的に結合する物質

シーズC報告「幹細胞性遺伝子ネットワークを標的とした去勢抵抗性前立腺がんに対するドセタキセル+リバビリン併用療法の第I、第II相試験」

慶應義塾大学 大家基嗣教授

前立腺がん療法に関する、医師主導試験の進捗に関する発表。

前立腺がんは男性のがんの罹患率のトップになることが予想されています。ホルモン治療が効かない去勢抵抗性前立腺がんにはドセタキセル※が投与されますが、これが効かなくなると、有効な薬剤はありません。われわれは、がんは悪性度が高くなると脱分化が進み、多能性幹細胞と似てくることに注目しました。これは、京大の山中先生が発見された正常な細胞からiPS細胞をつくる過程に似ています。そして、逆に万能細胞から分化した細胞をつくることが出来る相互移行性が、がんの場合も成り立ち、がんの薬剤の感受性を戻す「再プログラム化(もしくはリプログラミング)」という考え方を着想しました。簡単に言うと、悪くなったがんを、比較的性質の良いがんに戻す薬を探すということです。そして、研究の結果、山中因子の中でOct4が、前立腺がんの進行に伴い発現量が増えることを見いだしました。そして、既存薬をスクリーニングしたところ9個の薬が再プログラム化候補薬の候補に残りました。それぞれについて調べたところ、C型肝炎に使われているリバビリンという薬が、ドタキセルとの併用により非常に高い抗腫瘍効果があるということがわかりました。そして、このリバビリンは、遺伝子の発現プロファイルを元の悪性度の低いがんに似たものに戻す効果があることを確認しました。

慶應義塾大学病院 臨床研究推進センターの支援を受けて、2月に医師主導の治験届を提出し、3月からはDREEM試験と名づけた治験を開始する予定です。日本発の、世界初のリプログラミング療法の開発を成功させて、難治性のがんの治療に取り組んでいきたいと考えています。

※注:抗がん剤の一つ。細胞分裂を阻害する。

特別講演1「AMEDのミッション、難病未診断疾患とがん医療から展開する研究開発の改革」

日本医療研究開発機構(AMED) 末松誠理事長

日本医療研究開発機構(AMED ; Japan Agency for Medical Research and Development)、生命・生活・人生の「3つのLIFE」の具現化を目指す研究開発を応援しています。人々の生活や人生の質(Quality of Life)を向上させるべく、医療研究開発の成果をいち早くお届けする、これがミッションです。

AMEDでは難病の研究とがんの研究を最初の基幹プロジェクトに選びました。これは三つのLIFEを包含する典型的な研究です。難病というのは非常に多彩で、解明されたメカニズムに基づいた治療法が確立しているものは全体のわずか5%弱。残りの95%の方々たちはなすすべがない状態というのが現状です。研究を研究で終わらせずに医療に実装し、医療研究の成果ができるだけ早く患者さんに直接還元されるようにしていく必要があります。「マイクロアトリビューション」という思想も重要です。これは、研究を進めるためには、かかりつけ医や大学病院の医師、看護師、薬剤師、遺伝カウンセラー、そして患者さん自身とご家族、研究に関わる全ての人の貢献が必要で、そのどのワンピースが欠けても患者さんが救えないという考え方です。

難病の診断速度を劇的に早くするため、ケースマッチングをもっとシステマチックに行えるようにデータシェアリングも進めていこうと考えています。日本は45年の難病研究の歴史がありますが、国際難病コンソーシアムに長い間加盟していませんでした。難病研究あるいは感染症のサーベイランスなどは国際協力なしでは絶対にうまくはいきません。今後、国内にできれば7カ所のゲノム解析拠点を作り、データシェアリングをグローバルに行うことで診断をスピードアップしていく。そしてその診断結果に基づいて、オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)の開発に興味のある企業を募って、新しい治療法の開発をさらに加速していくということを考えています。

特別講演2「レギュラトリーサイエンスとPMDAの取り組み」

独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) 近藤達也理事長

独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA;Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)は、セイフティ・トライアングルと名付けた医薬品などの健康被害救済、承認審査、安全対策の3つの役割を担っています。これら3つの役割を一体として行う公的機関は世界で唯一であり、レギュラトリーサイエンスに基づき、より安全でより品質のよい製品をいち早く医療現場に届けることで、医療水準の向上に貢献しています。

レギュラトリーサイエンスとは、「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」のことで、まさに、どうすれば人のため、社会のためになるかを重視した科学のことです。このレギュラトリーサイエンスを前提に、PMDAは活動しています。

薬事戦略相談においては、研究開発資金の不足、知財戦略の欠如、規制への理解の不足、市場性を考えた開発戦略の欠如といった、アカデミアの弱点をサポートしています。審査においては、国内トップクラスのアカデミアの先生方で組織した科学委員会を設置し、先駆け審査制度や電子申請データを活用した審査に取り組んでいます。市販後では、全国の10の大学の病院の診療情報やナショナルデータベースなどを集めて安全対策に活用をしています。AMEDとPMDAの連携も強化し、薬事戦略相談の活用、AMEDの研究評価への協力、臨床研究・治験環境整備に関する相互協力、情報の共有などに対する協定を結んで実施しています。

医薬品、医療機器は世界共通のものですので、産官学は力を合わせて国力を上げ、世界へも貢献しなければなりません。アカデミアは発明、発見という英知を生み出し、産業界は富を生み出し、官は国民に大きな至福をもたらす。産官学がそれぞれのやるべきことをやることで、本当の富なり知恵なり福祉が社会にもたらされるだろうと思っています。