第2回 橋渡し研究加速ネットワークプログラムシンポジウム

2017年1月13日、慶應義塾大学病院において第2回「橋渡し研究加速ネットワークプログラムシンポジウム」が開催されました。慶應義塾大学医学部は、今年創立100周年をむかえるにあたり、昨年の第1回に引き続き「革新的医療実現のための非臨床・臨床一体型の橋渡し研究拠点」における研究成果4題の発表を行うとともに、橋渡し研究に対する日米の取り組みについて、日本医療研究開発機構(AMED)、米国国立衛生研究所(NIH)国立先進トランスレーショナル科学センター(NCATS)より講演者をお招きしご講演頂きました。
研究成果の発表と2つの特別講演の間には17件のポスター発表も行われ、発表者・研究者・参加者の間で活発な議論がなされました。
講演要旨について以下にまとめましたので、ぜひご覧下さい。

開催概要

日時: 2017年1月13日(金)13:30~16:30

場所: 慶應義塾大学病院信濃町キャンパス 北里記念医学図書館2F 北里講堂

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開会の挨拶:医学部創立100年、整いつつある研究支援体制
慶應義塾大学病院長 竹内勤

これまで各方面の方々にご助力いただきながら、慶應義塾大学病院では臨床研究推進センターを中心に橋渡し研究・臨床研究を加速する体制を整えてまいりました。また、平成28年3月に臨床研究中核病院としての承認もいただきました。このような経緯を踏まえ、今後、慶應学内のシーズはもとより、さまざまな学外シーズの研究開発も推進していく所存です。本日は医学部創立100年を記念するという意味も含めまして、第2回「橋渡し研究加速ネットワーク」プログラムのシンポジウムを開催したいと思います。

シンポジウム概要説明:第2回目のシンポジウムを迎えて
臨床研究開発センター センター長・佐谷秀行

「橋渡し研究」とは、基礎的な研究成果(シーズ)を最終的な臨床応用・実用化に向けて育てていく研究開発のことです。我々は、臨床研究推進センターのトランスレーショナルリサーチ部門を設立し、シーズの開発をその出口戦略まで含めて支援しています。学内のシーズのみならず、学外のシーズについても積極的に支援することで、日本全体で新たな医薬品や医療機器等を開発することを目標としております。 トランスレーショナルリサーチ部門では多くのシーズの支援を行っておりますが、本日は四つのシーズについて研究代表者の先生方に発表して頂きます。このうちの一つは学外のシーズです。

また、今回のシンポジウムでは二つの特別講演を予定しております。一つ目は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の理事長であられます末松 誠先生のご講演で、AMEDのミッションについて、特に最近のAMEDの新たな取り組みについてお話頂きます。
二つ目は、米国国立衛生研究所(NIH)に属しております国立先進トランスレーショナル科学センター(NCATS)で、そのリーダー的な仕事に従事されているSitta Sittampalam先生から、米国におけるトランスレーショナル研究の現状についてお話いただきます。

シンポジウム発表要旨

シーズB報告:「後縦靭帯骨化症治療薬の開発」
慶應義塾大学 宮本健史 特任准教授

後縦靭帯骨化症(OPLL)の進行を抑制する医薬品の開発に関する発表。
後縦靭帯骨化症(OPLL)は、背骨の中で縦に走っている後縦靭帯が骨に変わってしまう原因が不明の難病(※1)です。後縦靭帯の骨化が進むと、脊髄や脊髄から分岐する神経が圧迫され、感覚障害や運動障害などさまざまな神経症状を引き起こします。今のところ、発症や進行を止める治療法は存在していません。OPLLの発症原因の一つは、ピロリン酸を産生する酵素Ectonucleotide pyrophosphatase/phosphodiesterase 1 (ENPP1)の機能不全と考えられています。私たちは、体内のリン代謝に注目して、ENPP1遺伝子に変異を持ちOPLLに似た症状を示すモデルマウスを用いて病気の発症のメカニズムを研究しました。その結果、ある生理活性物質の受容体が重要な役割を果たしていることが分かりました。遺伝子操作によりこの受容体の遺伝子を取り除くと、モデルマウスでの病気の発症が阻止され、後縦靭帯の骨化は起こりませんでした。現在は、OPLLの治療薬としてこの受容体に対する阻害活性を持つ化合物の開発を進めており、マウスモデルでの有効性の試験を行っている最中です。
※1特定疾患医療保障対象の受給者証を交付されているOPLL国内患者数は約3万5千人

シーズC報告:「新規AMPA受容体標識PET薬剤によるてんかん焦点同定の補助診断薬としての臨床開発」
横浜市立大学 高橋琢哉 教授

PET(※1)を用いたてんかん焦点同定に関する発表。
薬剤が効きにくい「難治性てんかん」には外科手術が行われます。手術自体は効果的で約6割の患者さんが意識消失発作から解放されますが、脳内の病巣(てんかん焦点)の同定が技術的な課題です。現行では、てんかん焦点の同定は電気生理学的な機器を用いて行われており、そのため機器の設置と病巣の切除のため二度の開頭手術が必要となります。そのため、施術件数は国内では年間約700件に留まっているのが現状です。私たちは、てんかん焦点で増加することで知られているAMPA受容体(※2)をPET撮影することで開頭手術なしで切除部位を特定でき、手術回数を1回で済ませることが可能になると考えています。今回の研究プロジェクトでは、まずAMPA受容体に結合する化合物のうち脳への取り込みが非常に良いものを特定しました。次に、放射性標識した化合物(PET薬剤)を製造し、ラット、マウスそして霊長類のアカゲザルでPET撮影を行い、鮮明なPET画像が得られることを確認しました。昨年の2月には、ヒトでの撮像を実施し、世界で初めて生きた人間の脳内でのAMPA受容体の可視化に成功しています。
※1 PET:Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影法)の略。陽電子を放出する放射性トレーサーを用いて脳機能や癌診断を行う検査法。体内の組織の機能を調べることができる。
※2 AMPA受容体:神経に発現している グルタミン酸の受容体の一種。人工アミノ酸であるAMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)と選択的に結合することから命名された。この受容体は、中枢神経系での興奮性のシナプス伝達を担い、記憶や学習に深く関与していると考えられている。

シーズC「BMIニューロリハビリテーションシステムの開発と臨床応用」
慶應義塾大学医学部 里宇明元 教授

脳卒中後の重度麻痺に対して、「BMI(Brain Machine Interface)システム(※1)」を用いた治療方法に関する発表。
脳卒中後の「手指(しゅし)麻痺」、とくに重度の麻痺は現在有効な治療法がありません。しかし近年、重い傷害脳にも可塑性があることが分かってきました。私たちは、脳波のシグナルの変化を手に装着した装置の動きへと変換する「BMIシステム」を用いた新しいリハビリテーションを開発しています。私たちが開発したシステムを使った研究の結果、重度手指麻痺の患者さんの約65%で回復が認められました。回復した患者さんでは、指の筋肉の筋電位が観察されるようになるとともに、fMRI(※2)により脳の中の運動に関わる部位での血流の増加がはっきりと示されました。このことは、脳と手指の筋との間の神経回路が再び結線されたことを意味しています。この研究結果を基に、我々のシステムの医療機器としての承認を目指した治験を行う準備を進めています。今後は、このような革新的機器を統合し、高度にシステム化した〈スマートリハ室〉として進化させて、より幅広いリハビリテーションの分野でシームレスな治療ができるようにする計画です。
※1 BMIシステム: 脳と機械との間のダイレクトな情報伝達を仲介する脳波を読み取る脳波センサーなどの装置や脳波を解析するプログラムなどを総称してBMIと呼ぶ。
※2 fMRI:functional magnetic resonance imaging 脳や脊髄の活動に関わる血流状態をMRIで視覚化する方法

シーズB報告「 iPS細胞を用いたヒト再生心筋細胞移植による心不全治療法の開発研究」
慶應義塾大学医学部 福田 恵一 教授

iPS細胞を用いた「心不全治療法」に関する発表。
心筋梗塞等で一部の心筋が失われると心臓の機能が落ちてしまいます(心不全)。私たちは、拡張型心筋症や心機能が低下した心不全患者に、"心筋細胞を補う"という「心不全治療」の戦略を考えています。具体的なプロセスとしては、高品質で安全性の高いiPS細胞を作製して、大量に培養します。そして、このiPS細胞から心筋細胞を純化・精製し、心筋細胞のみを心臓へ移植するという手法です。それぞれのステップにおいて、私たちは様々な新しい技術を開発してきました。良質なiPS細胞をいかに作るかという課題に対しては、山中4因子(※1)に加えて、卵細胞に特異的に発現するヒストンH1foo(※2)を併用することで、良質なiPS細胞を高い効率で作製することに成功しています。また、心筋細胞のエネルギー代謝の性質を利用し、未分化なiPS細胞を除きながら心筋細胞だけを増やす培養方法も開発しました。従来の心筋細胞の移植方法では低い生着率(3%)の問題がありましたが、心筋球という微小な塊を作り移植することで、高い効率で心筋細胞の生着が可能となりました。近い将来の再生心筋細胞の移植を目指して、現在も研究開発を進めています。
※1 山中4因子:Oct3/4、Sox2、Klf4、c-myc。これらの4因子を体細胞に導入すると、初期化されて様々な細胞に分化できる状態へ戻る。
※2 ヒストン:DNAに結合するタンパク質の一種。

特別講演「Mission of AMED(新しい補正予算制度の概要)」
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)末松 誠 理事長

AMED(日本医療研究開発機構※1)は、2015年4月の誕生から1年半の間、様々な改革を行い、より効率的にリソースを活用できるシステムを導入しています。
第一に、非常に複雑なファンディングのシステムを抜本的に改革し、システムの1本化に力を注いできました。大学の協力支援にはバラツキがあり、硬直的で保守的な機関が多く、更にAMED発足前は複数の省庁が別々の代表者・機関のもとでファンディングがなされていたため、外国人からすると不可解な構造となっていましたが、現在はAMEDが統括することで明確となりました。また、これまで国からの研究費は初年度のみ高く次年度以降は予算削減されることが少なくありませんでしたが、AMEDでは民間資金を活用することにより、柔軟に研究者の育成に充てることが出来るような仕組みも設けていくようにしています。
第二に、医療研究開発のグローバル化は非常に重要であります。昨年1月に米国NIH(※2)との覚書を締結し、いくつかの分野での協力体制を築き、データの共有化が可能となりました。このグローバル化に関しては、サイエンスの場では英語を使用することを奨励するため、今後の研究費申請書に対しては英語版要約の提出を義務づけることにしています。
最後に、AMEDが進めている未診断疾患イニシアチブ(※3:IRUD)についてお話します。希少・未診断疾患の中には遺伝子検査により原因がわかり治療方針が立てられるケースがあります。これまではBalkanization(※3)という言葉の通り、共通言語で話しているにもかかわらず、セクターごとに使うデータや考え方がバラバラで共有されず十分なコミュニケーションが取れていませんでした。そこでAMEDでは日本全国の未診断疾患患者に対して、遺伝学的解析結果等を含めた総合的診断、国際連携可能なデータベース構築等によるデータシェアリングを行うシステムを導入し、それにより今まで原因がわからなかった疾患でも診断がつくようになってきています。そのほか東北大学メガバンクの健常人のデータ共有、外科医のナショナルクリニカルデータベース化、またセントラルIRB(※5)の仕組み等にも取り組んでおり、希少疾患やがん等の疾患に関する問題解決に加え更なるグローバルなデータ共有を目指していきたいと考えています。

※1:AMED: Japan Agency for Medical Research and Development
※2:NIH:National Institute of Health アメリカ国立衛生研究所
※3:IRUD:Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases 未診断疾患イニシアティブ
※4: Balkanization:もともとの意味は「ある地域や国家が、互いに対立するような小さな地域・国家に分裂していく様子」を表す地政学用語。ここでは同じ言語を使用しても意思疎通が出来ない状態を指す。
※5:IRB:Institutional Review Board 治験審査委員会

特別講演「Next generation translational sciences and research at NCATS/NIH: Moving on from lessons learned」
Dr. G. Sitta Sittampalam, Senior Advisor to the Director, National Center for Advancing Translational Sciences (NCTATS)

The National Center for Translational Sciences (NCATS) at NIH was inaugurated in January 2012 with the mission to address biomedical technologies, tools and processes that advance basic research and observations in the laboratory to benefit public health. These activities include collaborative research processes to advance new diagnostics, therapies, medical procedures and behavioral changes. The goal is to develop, demonstrate and disseminate (3D) state-of-the-art translational science and research in drug discovery, development and innovations in clinical trials.
This seminar described the organizational structure at NIH and NCATS, in addition to addressing the current NCATS programs and selected case studies in pre-clinical development programs, technologies, rare and neglected diseases and training the translational scientists for the 21st century.(プログラム要旨)