金子 祐子 准教授(リウマチ・膠原病内科)

強い気持ちで、怖がらずに飛び込んでほしい

大家:英国と日本では、臨床研究の取り組みに違いがありますか?

金子:一言でいうと、英国の臨床研究は分業型です。PI(Principal investigator/臨床研究の責任医師)は患者さんのリクルートと評価に特化しますし、症例報告書(Case Report Form:CRF)のまとめや統計などはそれぞれ別の人が担当します。

大家:それぞれの分野に特化した支援体制が充実してそうですね。

金子:そうですね。日本でも分業体制になってきていますが、リソースの差なのか業務効率の差なのかわかりませんが日本では兼務も多いのに対して、海外では余裕を持って臨床研究に臨んでいる印象を受けました。

大家:日本は、仕事をしている人に、より仕事が集まる傾向がありますね。

金子:そうですね。でも英国はそうじゃないんです。朝9時から夕方5時くらいの決まっている勤務時間内で、各自が余裕を持って進めつつ、チームとしては情報共有しながら着実に遂行するイメージです。

大家:どんな業界であっても、海外も日本もお互いの良い部分を取り入れることが必要ですよね。これからは、そういう部分がより進んでいくのではと思っています。新たに医師主導治験に取り組むPIに向けて、伝えたいことはありますか?

金子:正直に申し上げると、医師主導治験はすごく大変です。仕事時間の相当な部分をそこにあてる必要があります。でも、やりがいは大きいし、やり遂げた後の成果は感動的にすばらしいです。大家先生もおっしゃったように、特に慶應義塾ではサポート体制も充実してきています。ですから、PIの方には怖がらずに飛び込んでほしいです。いろんな人に質問しながら、日々学びながら、「やるんだ」という強い気持ちで飛び込んでいけば、自分自身も大きく成長できると思います。

リウマチ治療に新たな選択を。保険適用を目指し、先進医療に挑む

大家:金子先生は、関節リウマチに対するヒドロキシクロロキン(HCQ)の先進医療も手掛けられていると伺いました。

金子:はい。関節リウマチは関節に炎症が持続的に起きることで軟骨や骨が少しずつ破壊される病気で、抗リウマチ薬が治療の中心となっています。ヒドロキシクロロキンは海外(アメリカ、欧州、日本を除くアジア等)では1950年代から標準的に用いられている抗リウマチ薬のひとつですが、日本ではまだ未承認です。慶應義塾では2016年11月に既存の抗リウマチ薬でも寛解になっていない関節リウマチ患者さんを対象とした、ヒドロキシクロロキンを使った先進医療を行う承認を得ています。今は先進医療Bにカテゴライズされていますが、将来的に保険適用を目指したいと思っています。

大家:海外でスタンダードな薬が、日本ではなぜ使用できなかったのですか?

金子:日本では、ヒドロキシクロロキンとは別のクロロキンが、1950年代に乱用された時期があり、この時に網膜症で失明をされる方が相次ぎました。よって、長い間タブー視されていた歴史があります。

大家:ヒドロキシクロロキンとクロロキンは、違うものですか? クロロキンも、ヒドロキシクロロキンも、マラリアの薬だと認識していました。

金子:はい。ご指摘の通り、両方ともマラリア薬で、構造が少し異なるのですが、ヒドロキシクロロキンの方が網膜症の発生率が少ないとされています。まさに薬剤リポジショニングの先駆けで、マラリア薬でありながらSLE(全身性エリテマトーデス)と関節リウマチによく効くため、世界では1950年ごろからその治療薬としても使われていました。今から3~4年前、SLEの治療に絶対必要だから日本でもぜひ使えるようにと医師らが立ち上がり、企業に働きかけて治験を行い、SLEのみ承認が下りました。適応と関節リウマチにも広げたいと思っていた矢先、「東京圏 国家戦略特区」の保険外併用療養に関する特例関連事業として、比較的迅速に先進医療の審査が受けられるようになり、その枠組みを利用してヒドロキシクロロキンの関節リウマチに対する先進医療を実施できるようになりました。将来的な保険収載が認められるよう、それぞれの治療の有効性と安全性を評価できるような試験デザインになっています。

大家:先ほどの成人発症スティル病とは違って、関節リウマチはかなり患者数が多いのではないでしょうか。

金子:そうですね。60人の目標を立てており、現時点で半分くらいです。先進医療Bは、先進医療ゆえの苦労があります。試験実施にあたっては、GCP(Good Clinical Practice;医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)はもちろんですが、2015年に施行された「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の順守に加えて、厚生労働省の定める先進医療に対する特別なルールもあって、トリプルスタンダードのような状況になっています。基準も厳しく、注意点も複雑です。困難に直面した時もありますが、今まさに軌道に乗ったところで、2019年内に完了させるべく精力的に取り組んでいるところです。

大家:私が専門とするがんの領域では、クロロキンは今世界中で研究が進む「オートファジー」と絡むことが多く、5~6年前にはクロロキンの抗がん薬としての可能性が私たち専門医の間では話題になりました。例えば腎臓がん。今ではあまり使われなくなりましたがmTOR阻害薬の耐性に、オートファジーが絡んでいます。そういったものに対してクロロキンを活用すると薬剤抵抗性が克服できるのでは、と注目された時期がありました。

金子:そうなんですか!

大家:その後、適応しているがん種も限定的な上、副作用が強いこともあって、今は注目度が落ちてしまいましたが、かつては、がん治療と自己免疫の研究はつながらなかったのですが、今では、がん細胞治療に免疫チェックポイント阻害薬が適応されるなど、がん治療における免疫への注目度が非常に高まっています。つまり、がんの専門家が免疫に関する知見を持っている必要があるということです。このように、領域横断的な臨床の必要性が顕著になってきていることを実感しています。

金子:本当にそうですね。

100%目標をやめると、逆に成果もついてくる

大家:インタビューシリーズ「臨床研究の現場」の最終回にして、初めて女性医師にご登場いただきました。金子先生から後輩の女性医師に伝えたいことは何かありますか?

金子:私自身は「女性だから」苦労した記憶はまったくありません。もちろん、家庭など仕事以外の生活と仕事を両立してやっていくのはキツイと感じることはあるでしょう。でも、それは女性に限らないと思います。誰であれ、何であれ、全てを完璧にこなすのは無理なことです。

大家:そのとおりですね。

金子:ともすると、完璧に行なうには何かを捨てなければならない、と捉えがちなのですが、そういうことでもないと思います。まず「全部が完璧でなくていい」という気持ちの中で、でも精一杯やってみようと取り組めば、成果はあとからついてくると思います。結果が目に見えなくても、誠実に取り組んでいる姿勢は、周囲は必ず見てくれていますし、必要なサポートは惜しまないと思います。少なくとも、私はそう思ってこれまでやってきましたし、若い先生たちにもそうしてあげたいと思っています。「やるなら完璧にやりたい」という気持ちが、逆に自分の発想や行動を制限してしまっていることがあると思うのです。「100%にこだわらず」「誠実に取り組み」「サポートは素直に受ける」ことが、逆に良い結果を呼び込むのではないでしょうか。

大家:ありがとうございます。これまでインタビューを重ねてきて思うのは、一生懸命臨床研究に取り組んでいる先生がたが、本当にすばらしいということです。臨床の現場、学びや苦難の日々、葛藤や達成感、そして臨床研究の現場。ここまでの歩みが一歩一歩折り重なって、それぞれの「今」につながっていることを改めて実感しました。これからもぜひ、最先端の医療のためにお力添えください。どうもありがとうございました。

金子:こちらこそ、ありがとうございました。

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※1《「科学的根拠に基づく医療」の意》医師の個人的な経験や慣習などに依存した治療法を排除し、科学的に検証された最新の研究成果に基づいて医療を実践すること。1990年代に提唱され、西洋医学の医療において重要視されている。

※2 成人発症スティル病(成人スチル病):Adult Onset Still's diseaseに対する日本語での疾患名で、本治験では成人発症スティル病としている。これに、全身型若年性特発性関節炎の成人遷延例を加えて成人スチル病と総称されており、厚生労働省による承認審査の結果、成人スチル病の治療薬として承認された。

対談後記

金子 祐子 准教授

今回インタビューを受けながら自分の臨床研究歴を振り返り、本当にたくさんのサポートを受けてきたことのありがたさと同時に、臨床医が自分自身で手がける臨床研究の意義をあらためて考えることになりました。また、横断的な視野や他分野を広く勉強することで深い洞察が可能となり、常に成長し続けることで更なるステップへの道が開けることを実感しました。これから研究を学ぶ先生方にも、ぜひ怖がらず臨床研究の世界へ飛び込んでいって頂きたいと思います。私自身も更なる精進をして参ります。このようなインタビューの機会を頂戴し、誠にありがとうございました。

金子 祐子 准教授


大家 基嗣 教授

この度は、トシリズマブの成人スチル病に対する効能・効果追加承認おめでとうございます!
金子先生が慶應の臨床研究の新たな歴史を担ってこられたことは万人の知るところで、以前よりお招きしたいと思っていましたが、最終回にして実現することができました。お話を伺い、金子先生は担当領域での素晴しいご経験に加え、臨床の向上のために前に進むことを恐れない心をお持ちと感じました。患者さんの診療をしっかり行われた上で、それに寄り添うように基礎研究や学位取得、臨床研究まで様々な経験をミルフィーユのように重ねておられる、そんな先生の姿勢は次世代の医師に勇気を与えてくれると思います。
今回のインタビューでは、支援部門へのフィードバックも頂きました。医師と支援側がより良いチームを築き、臨床研究を推進していけるよう、センターも一層努力してまいります。
これからも、慶應医学の発展のため、どうぞよろしくお願いいたします。

大家 基嗣 教授

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