第2回再生医療等支援部門座談会

手術室とつながる細胞培養加工施設(Keio University Hospital Cell Processing Center : KHCPC)の強みを最大限に発揮

大村:よく分かりました。次に、再生医療に用いられる細胞の多くは培養などの加工が行われたうえで患者さんに投与されますが、この細胞加工物の製造についても伺いたいと思います。今回、病院内にCPC(Cell Processing Center)が作られました。ここでできた細胞加工物を患者さんにすぐに届けられるような環境が整ってきたということだと思いますが、一方でそのためには徹底した品質管理のもとで製造された試験物を提供するという、非常に重要、かつ難しい課題があると思います。現状と今後のCPCの在り方等につきお聞かせいただけますか。

榛村:病院内にCPCがあるのは、大きなアドバンテージだと思っています。扉一つで手術室とつながっていて、製造した細胞加工物を患者さんにすぐに届けられる。これは新規の細胞加工物を初めて人に投与するFIM(ファースト・イン・マン)や、効果を実証するPOC(Proof of Concept)のための臨床研究を実施するうえで、非常に重要です。安全性や効果が確認されれば、その後の研究開発において企業との連携も可能になり、ともに収益をあげられるようなスキームも構築できるかもしれません。アカデミアとしてのミッションを見失わずに独立採算で維持できるようなCPCを目指したいですね。

中村:学内のシーズを育成するうえで、いろいろなノウハウが集積されつつあります。アカデミアの知識やノウハウを集積して作りこんでいくことは慶應のCPCの強みです。また、臨床研究中核病院としてファースト・イン・マンができるプラットフォームを持っていることは特色の1つですね。

榛村:新規医療技術の1つとして、再生医療は非常にホットな分野です。慶應は再生医療実現へのモチベーションが非常に高く、素晴らしいCPCが病院内にある。また、開発中のシーズは眼科領域、整形外科領域、循環器領域等幅広い分野にわたっています。我々が頑張ることで、新しい医療を患者さんへ届けるとともに、日本の再生医療全体を盛り上げて、その成果を世界へと発信していきたいですね。

許斐:榛村先生もお話されましが、再生医療の多くは細胞治療なので、原料となる細胞や組織が必要です。患者さんから細胞や組織などの原料を採取し、すぐ加工に回す、あるいは保管するという点からも病院内にCPCがあるというのは、非常に効率がいいですね。その逆に、製造した最終産物を患者さんにすぐに届けられることは、病院の中にあるCPC最大の強みだと思います。
また、ノウハウや経験が十分でない学外の病院施設や他の私立大学病院のシーズについても、製造を行い、臨床応用につなげていくことができます。このようなサポートがフレキシブルにできるのも、慶應内に比較的きちっとした規模のCPCを作ったメリットではないかと思います。将来的には、海外も視野に入れ、細胞加工物製造に関するノウハウを蓄積し、プラットフォームを発展させていけば、大学にとっても患者さんにとってもメリットになるでしょう。

中村:現在の日本では、再生医療等製品を製造する際に必要となる生きた細胞(原材料)が圧倒的に不足しています。例えば、間葉系幹細胞にしても、すでに実用化を進めているシーズがありますが、これも原材料を海外に頼らざるを得ない状況です。法的な課題も含めて、日本がまだそこに対応しきれていないため、米国でボランティアの方にお金を払って細胞をいただき、それを輸入して日本で加工することになります。最も重要な原材料の供給を海外に依存し、かつ輸送に費用がかかっているのです。そういった状況で日本の再生医療が本当に展開できるのかという大きな問題があります。
しかし、慶應義塾大学病院がモデル病院として、例えば医療上の手術の際に出た余剰サンプルに対して、研究のみならず、最終的には社会実装する企業との連携も含めた同意を頂いて、供給源がはっきりしている原料を安定して確保できる体制を作りあげることができます。社会実装していくためには、企業との連携の下に品質規格が定められた製品をしっかり製造していくことが重要です。
それには、病院のある信濃町だけでなく、殿町タウンキャンパスとの連携も必要だと思っています。そのため、再生医療等製品の原材料ストック、あるいは製造加工等を殿町と連携して実施することも検討しています。臨床研究は慶應義塾大学病院で実施し、治験製品を作ったり原材料をストックしたりする産学官連携の拠点ができれば、シナジスティックな連携が強化できるでしょう。
榛村:具体例として、帝王切開のときの胎盤から羊膜を採取して、幹細胞を用いた再生医療のプロジェクトがあります。アカデミアがしっかり協力することにより、今まで破棄されていたような物や無駄にストックされたような物が、社会実装につながる形で還元できるようなエコシステムの構築が必要です。

山場を迎えている再生医療
ミッションは成功例を出すこと

大村:最後に、榛村先生と許斐先生には新設された支援部門を今後どういう方向で進めていきたいかというビジョンについて、中村先生には慶應における再生医療に関する今後の取り組み、社会、患者さんに対してのメッセージ等についてお話頂けますでしょうか。

榛村:この1、2年は、開発中のシーズを実現に向けて推進していくことが第一です。眼科、整形外科、循環器、外科等幅広い領域でのシーズがあり、その中にはCPCを必要としないものもありますが、患者さんへの還元を第一に取り組んでいきたいと思っています。そして将来的には、MARC(首都圏ARコンソーシアム)をはじめとした学外のシーズへの支援、海外からの依頼にも対応できるような体制を構築していきたいと思います。

許斐:再生医療は新しい医療分野ですから、どのように研究開発を進めていけばよいのかという悩みを抱える研究者もいらっしゃいます。そうした研究者のために、再生医療で困ったことがあったら慶應に相談すればいい、といった立ち位置にしていきたいと思います。「再生医療の東の拠点」という意味も含めて、慶應がそういう存在を目指していくことが重要だと考えています。

大村:再生医療の拠点であると社会に認められ、再生医療関連シーズを開発するベンチャー等がファースト・イン・マンの治験は慶應で実施したいというようになれば、アドバンテージの1つになると思います。

榛村:そうならなくてはだめですね。再生医療ベンチャーをリクルートし、病院の中のオフィススペースもレンタルできるようになればいい。慶應のプラットフォームを使いたいというベンチャーと試験物の製造についても協力連携しファースト・イン・マンにもっていく。ベンチャーがある程度の規模で治験用製品の製造ができるようになったら、慶應義塾大学病院に戻ってきて治験を継続するといった循環ができれば、日本の再生医療はもっと加速すると思いますね。

中村:大学が社会貢献を通して、収益を上げながら成長していく。これは決して悪いことではなく、米国では当たり前の話です。それを実践していく1つのフィールドが再生医療ではないかと思います。そのために支援部門を新設し、再生医療等推進委員会や臨床研究推進センターといった組織と連携し、さらにはMARCのような外部連携も進めていくのが重要だろうと思っています。
また、ベンチャーは極めて重要です。受け入れるプラットフォームをしっかり作り、メディカル・ヘルスケア領域におけるイノベーションのハブになっていくための施策をどんどん打っていくことが大事です。

大村:本当にそうですね。では中村先生、慶應における再生医療に関する今後の取り組みや、社会に対するメッセージをお願い致します。

中村:再生医療に関しては、国民の皆さんも非常に大きな期待をお持ちです。実際、これまで治せなかった病気やけがを治せる可能性があります。そのため、国からも大きな支援を長年に渡って受けています。
一方で、ここ数年が再生医療の山場だと感じています。今ここでしっかりとした成果を出して社会還元ができるかどうかで、再生医療が今後医療として根付くか、単なる夢で終わってしまうのかが決まってしまうのではないか。
そんな中で、慶應は実践、成功例を世に出していかなければなりません。国は慶應と阪大にその夢を委ね、実践するというミッションを与えました。これが今回の採択だと私は受け止めています。だからこそ、学内のシーズは言うまでもなく、学外のシーズに対しても慶應が汗をかき、しっかりと世に届けていく。これはまさに、再生医療分野においても橋渡し研究拠点、臨床研究中核病院として、果たすべき社会的なミッションです。再生医療等支援部門と再生医療等推進委員会が連携を密に取りつつ、少しでもいい医療をこの慶應義塾大学病院で進めていき、ゆくゆくは世界中の人が、再生医療は「日本に行けば治る」というようになるところまで、展開できたらいいと思います。

大村:今日はどうもありがとうございました。今回の座談会を通じて再生医療の将来がとても楽しみになってきました。