第1回:佐谷 秀行 教授

慶應義塾大学病院臨床研究推進センターは、最先端の医療を実現すべく、2014年に開設されました。いかなる使命の下、何を目標とし、日々どのような課題と向き合っているのか。同センターの広報部門長・大家基嗣(おおや・もとつぐ)が、臨床研究の現場に携わる教授陣をリレー形式でインタビューします。

大家基嗣によるリレーインタビューの第1回。同センターのセンター長を務める佐谷秀行(さや・ひでゆき)教授をゲストに、臨床研究推進センター設立の目的と果たすべき役割について聞きました。

Profile

佐谷 秀行 教授
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・センター長
慶應義塾大学医学部・先端医科学研究所・教授

大家 基嗣 教授
慶應義塾大学病院・副病院長
慶應義塾大学病院・臨床研究推進センター・広報部門長
慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室・教授

基礎と臨床を「橋渡し」

大家教授(以下、大家):佐谷教授は、2015年に慶應義塾大学病院臨床研究推進センターのセンター長に就任されました。

佐谷教授(以下、佐谷):基礎研究を臨床の現場に持ち込みたいというのが、私の長年の夢でした。

私は、脳神経外科の医師としてキャリアを開始したものの、脳腫瘍という難治性の疾患と出会ったことで癌研究を生涯のテーマとし、20年間以上、基礎的な研究に取り組んでまいりました。しかしその後、研究成果を医療の現場に届けたいという強い思いから、今では、薬剤の研究開発と臨床への応用を進めております。基礎研究と臨床の両方に非常に興味を持って邁進してきた結果、同センター開設と共に、このような職を拝することとなりました。

大家:基礎と臨床の一体型の医療は、慶應義塾大学医学部を開設した北里柴三郎先生の教えに基づくものですから、同センターは北里精神の具現化だとも言えますね。 しかし、佐谷教授が、基礎研究に踏み出した後、再びそれを臨床の現場に応用しようというのは、並大抵のチャレンジではないと推測いたします。脳神経外医としてのご経験や、かつてのお仲間がいたからこそ実現したのでしょうか。

佐谷:その通りです。基礎から臨床に橋渡しを行うのは、ひとりの力では絶対に無理で、プロフェッショナル集団からなる大きな「チーム」が必要です。臨床研究推進センターは、私が長年時間をかけて作ってきた「チーム」のような組織にしたいと考えています。基礎研究の成果すなわち「シーズ」を、臨床の現場に持ち込むことができるような支援組織です。

大家:基礎を臨床に持ち込みたくとも、どうしていいかわからず、その一歩が踏み出せない人に対して、様々な相談に乗り、最終的に企業という相手と結びつけるお見合いサポートのような組織ですね。

佐谷:そうです。基礎を臨床につなげるルートとしては、大学で行っていた良い研究成果を大手企業にお話しして、その企業が興味を持てば実際に薬剤になる、という道があります。しかし、実際に大学で出てきた「シーズ」がそういう形で世に出ることは、これまであまりありませんでした。

大家:理由はなんでしょうか。

佐谷:一つの理由は、まず研究成果を学会や論文で発表してしまい、実用化するための知的財産(知財)つまり特許がその時点で確保されていないケースが多かったことです。知財が確保されていないと、どうしても企業が引き受けにくいのです。もう一つは、大学で行っている臨床研究は、有害事象への対応などの面で、薬をつくるときに求められる高いレベルまで達していないという理由もありました。
しかし一方で、治療の難しい難病や患者数の少ない疾患に対して、企業は躊躇しがち、という背景もあるので、これからは、これらの疾患は、大学の中で、基礎研究からもう少し研究や開発を進め、非常に良い形になったところで企業に受け渡しをする必要があります。そのため、大学と企業の間を取り持つ、また、基礎と臨床の間を取り持つための組織が必要になったということです。

大家:そのとおりですね。おもしろいものを見つけたとしても、研究のネクストステップがいきなり企業との交渉となってしまうと、一研究者としては壁を感じてしまうこともあると思います。ですからこれからは、アカデミアである程度の開発をやりつつ、臨床への発展・応用に関するサポートを臨床研究推進センターが担っていくということですね。

佐谷:そのとおりです。

大家:研究者、特に若手にとっては、頼もしい存在になりますね。自分の発見したものが、将来薬になる可能性や道すじが見えるというのは非常にプラスのモチベーションになると思います。臨床研究推進センターの存在を、若いすべての研究者に知ってほしいですね。

若手の「シーズ」を育てる

大家:さきほど、「シーズ」という言葉が出ました。

佐谷:「シーズ」というのは、医薬品や医療機器になる可能性がある研究で、これから基礎から臨床研究へ育てていくもの、まさに「種」のことです。臨床研究推進センターには、若手研究者による「シーズ」を育てるための研究資金を供給する仕組みがあります。

大家:資金なしに、研究の継続は難しいですからね。

佐谷:今まで、多くの研究は、研究者個人が自ら費用を負担したり、文部科学省や厚生労働省などのファンディング(資金調達)機関への公募によって、研究資金が確保していたわけですが、この仕組みでは、臨床研究を種の状態から産物に仕上げるところまでをきれいにサポートするのは難しいという課題がありました。そこで、臨床研究推進センターでは、独自のファンディングシステムをつくりました。

大家:どんなシステムですか?

佐谷:知財を確保できるもの、というのが最初の条件で、それを「シーズA」と呼んでいます。特許を出願したら、「シーズB」に進みます。「シーズB」は動物実験を行って、それが人に応用できるものかどうかという検証を行うという段階です。これは、我々、臨床研究推進センターでサポートして、新しく設立された国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)にも応募し、研究費の獲得を目指します。動物実験が終わったら、「シーズC」に移行します。「シーズC」は実際に臨床試験に行くフェーズで、これもAMEDへの応募に通ると多額の研究資金を獲得することができます。このように、「シーズA」「シーズB」「シーズC」と研究開発を3つの段階に分けることで、臨床に到達するまでの全ての研究フェーズを支援していく、というものです。

大家:このようなトータルな支援は、特に若い研究者には頼もしいですね。アカデミックホスピタルだからこそできること、とも言えそうです。忙しい若い人たちでも、やる気が沸いてきそうだなと思いました。

未来の治療を目指し、オール慶應で取り組む

佐谷:臨床研究推進センターの役目は、臨床研究を進めていくだけではありません。モチベーションを高めるための組織として重要な役割を担っている、とも認識しています。

大家:そのとおりですね。

佐谷:慶應はこれからますます、新しい治療を日本あるいは世界から期待されてくる、非常に重要で中心的な病院になると、僕自身、信じています。となると、医師たちは日々、極めて忙しい。その忙しい中で、モチベーションと使命感をどのように維持し、高めていくかということは非常に重要なポイントだと思います。これからは、患者さんへのサービスもきちんと整えた上で、効率化も必要になってくるでしょうね。

大家:慶應の医師たちは、研究と臨床と教育をバランスよくやっていると思いますが、確かに臨床は忙しいです。昼間はほとんど外来や手術に費やしているので、研究関連は夜や休日に、という人は多いと思います。それでも、それをやろうというのは、非常にモチベーションが高いと言えますね。

佐谷:それと、もう一つ重要なポイントなのでお話ししておくと、あくまで臨床研究というのは、未来の治療を目指したものだということです。臨床研究に協力していただいている患者さんや被験者の方は、未来の医療に対するボランテイアだということを我々は忘れてはいけないですね。ともすると、先端の治療の臨床研究は、その患者さんのために行っているんだと認識してしまいがちです。でも実際は、患者さん、あるいは被験者の方のお力を借りて、新治療を開発している、というわけです。そういった一貫した姿勢が必要ですね。

大家:そうですね。そして、医師ひとりひとりだけでなく、オール慶應として、臨床研究推進センターのみなさんと一緒に、一生懸命取り組んでいきたいですね。

佐谷:臨床研究推進センターは、慶應病院の人たち、職員の方全部を巻き込んで、一つのセンターとしてやっていきたいと考えていますので、気楽に訪ねてほしいと思います。

大家:どうもありがとうございました。

対談後記

今回このようなインタビューの機会を与えて頂き誠に有難うございました。大家先生は、話の引き出し方が巧く、あっという間に1時間が過ぎてしまいました。臨床研究推進センターが何するところか、学内でも十分理解が進んでいないので、このような形で分かりやすく我々の使命を伝えていくのは、とても重要な取組みだと思います。広報部門長としての大家先生の活躍に期待しております。また、我々のセンターでは、学外のシーズに対しても積極的に支援を行います。ご自身の研究成果の実用化に興味がある先生は、気軽に問い合わせ頂きたいと思います。

佐谷 秀行 教授


今回、お話を伺って、佐谷先生が大変な情熱を持って臨床研究推進センターの運営に携わっている理由が分かった気がします。私も、現在、医師主導治験を準備中ですが、想像以上に時間も労力も掛かります。臨床研究推進センターのスタッフのおかげで準備は順調に進んでいますが、これを一からチームを編成して行ったというのは大変な苦労があったと思います。佐谷先生のセンターへの情熱というのは、次世代の医師や研究者を育てたいという思いから出ているのですから、特に若手の先生はどんどんこのセンターを活用して、画期的な成果をあげて欲しいですね。

大家 基嗣 教授