第6回:神山 圭介 教授

「治験」と「臨床研究」の違い

大家:先ほどから、治験と臨床研究という言葉が出てきているのですが、違いについて解説いただけますか。

神山:ごく簡単に説明しますと、医薬品や医療機器を作ったり売ったりする際は、国の承認を得る必要がありますが、その承認を得るために法律上行うことが義務づけられている臨床試験を「治験」といいます。医療の場で使われる薬や機器は、安全でないものや有効でないものが世の中に出回ると、患者さんに大変な害を及ぼすことになります。そのため医薬品や医療機器の製造販売に関する法律では、それらの承認を受けるには、必ず法律で定められた規則の下で臨床試験を行い、安全性と有効性を確かめなければいけないというルールが定められています。この目的のために行われる臨床試験が「治験」なのです。

かつて治験は、製薬企業や医療機器メーカーが行うもの(企業治験)に限られていましたが、近年法律が改正され、医師が患者さんのために自ら治験を行うことができる仕組みが新たに導入されました。これが、いわゆる「医師主導治験」です。

大家:私も今関わっておりますが、こうした「医師主導治験」のような新しい取り組みを積極的に推進するということも、この推進センターひとつの大きな役割ですね。

神山:その通りだと思います。

一方の「臨床研究」ですが、こちらは医療を支える土台となる、さまざまな臨床的な根拠(エビデンス)を得ることを目的として行われる学術研究です。医師などの医療従事者が患者さんの診療を行う場合、さまざまな情報や過去の経験をよりどころにして、「今、この患者さんにはこれが最善」と考える医療を行うわけですが、こうした判断は多くの場合、過去の臨床研究を通じて得られた臨床的エビデンスや、それらを集約して作られたさまざまな診療ガイドラインなどに支えられており、臨床研究はそのような形で日々の診療を支えているわけです。つまり、臨床研究なくして、患者さんに安全で有効な最善の医療を提供することはできません。また将来に向かって、医療をより良いものとしていくことも不可能です。質の高い臨床研究を着実に行っていくことは、よい医療を支える上で必要不可欠なことで、私たちも、そのような大切な役割の一端を担っているという意識で日々活動しています。

臨床研究における、多様な研究区分

大家:ありがとうございます。臨床研究においては、「後向き研究」、「前向き研究」という区分がありますが、それについても解説をお願いいたします。

神山:まず「後向き研究」と呼ばれるタイプの研究についてですが、これは、過去に病院にかかっておられた患者さんのさまざまな診療情報や臨床検体、つまりカルテに書かれていることや検査結果などのデータ、および病院に保管されている組織などのサンプルを用いて、さまざまな事柄を調べる研究です。後向き研究の大きな役割は、臨床研究の出発点として、何かしら診療上の問題や医学上の問題に対する答えの糸口を見つけることです。

一方、この「後向き研究」の結果、何らか有望な糸口が見つかったなら、今度はその方向性をより深く調べるため、患者さんにご協力いただいて、新たにデータやサンプルを集め、実際に確からしさを探ったり検証したりする研究へと進みます。このタイプの研究が「前向き研究」です。

「前向き研究」にも、大きく分けて2つの種類があります。ひとつは「観察研究」というジャンルの研究で、患者さんに受けていただく医療は一切変えずに、通常の診療として行われている診断や治療の過程で得られる、さまざまなデータやサンプルをご提供いただいて調べる研究です。これにより問題解決の方向性がより確かとなったなら、次に臨床試験へ進みます。

臨床試験は、「前向き研究」の中でも「介入研究」と呼ばれる種類の研究で、患者さんの診療内容を研究目的に沿って変えさせていただくタイプの研究です。典型的な臨床試験では、ある方法で診療を行うグループと、別の方法で診療を行うグループへと患者さんに無作為に分かれていただき、それぞれの結果がどのように異なるのか、安全性や有効性などに注目して検討します。

したがって、臨床研究の大きな流れとしては、まず「後向き研究」からスタートして糸口をつかみ、「前向き研究」の「観察研究」で方向性を定め、さらに「介入研究(臨床試験)」で確認する、というのが王道ですね。もちろん、すべての臨床研究がこれら全部の段階を踏むわけではなく、最初から介入研究を行う場合もありますし、さらに介入研究もごく初期段階の安全性をみる臨床試験から、まさに最後のゴールを目指す臨床試験である「治験」まで、さまざまな段階があり、研究の状況に応じて適切な方法が選ばれることになります。

自ら日々の活動に「問題意識」を持って臨む

大家:私たち臨床医は、どの診療科でも、週1回程度はさまざまな事柄を話し合うカンファレンスをするのですが、そこでは臨床における疑問点がよく出てきます。たとえば、この薬はどれくらい効果があったのだろうか、とか、この手術方式はどれくらい術後の経過がよかったのか、といったことです。

ところが、こうした疑問点をガイドラインなどで調べても、エビデンスがはっきりしない場合がしばしばあります。こういう時こそ問題解決の一つのチャンスなので、さあ後向き研究をやろう、となるわけです。特に若い先生には、それが臨床研究に取り組むとっかかりになるのですね。

後向き研究をやってみると、何かしら解決すべき問題が出てきて、これを前向きに調べることになります。そこまでやると、自分のテーマとしてこれを突き詰めたくなる。すると、学会でも関連するテーマの研究発表を一生懸命聞くようになりますし、自分の問題として研究成果を実際の治療に活かしたいというモチベーションが沸いてきます。そのように臨床研究との関わりを深めていくことで、是非アカデミアの一員として、ゆくゆくはそれぞれの研究分野のリーダーになっていただきたいと思います。一生懸命やっていると、しだいにその分野の他の研究者とつながりができて、その関係がやがて全世界に広がっていくわけです。そういうポジティブ・フィードバックのためにも、この臨床研究推進センターを活用していただきたいですね。

神山:日本では、かねがね臨床研究が基礎研究と比べて低調だという指摘がありますが、ぜひとも若手の先生や学生から、この状況を変えられるように頑張って欲しいと思います。基礎医学の研究をして、臨床研究も学んでというのは、言うは易く行うは難しで、若い先生たちにとって大変だと思いますが、2つの研究は車の両輪です。ぜひ両方の世界の経験を積み、臨床研究という医療の土台を築くための研究にも関心を持って取り組んでほしいですね。

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