第6回:神山 圭介 教授

「モニタリング」や「監査」の役目は?

大家:最後に、「モニタリング」や「監査」の必要性について解説をお願いいたします。

神山:臨床研究に関わっておられる方以外には、すこし難しい話になってしまうのですが、できるだけ単純に申し上げますと、先ほどご説明しました倫理審査における3つの重点ポイント、すなわち被験者の保護、科学的な妥当性、そして法律や規則の順守の状況などについて確認し、臨床研究を行う研究者の立場から研究の質を管理すること、あるいは研究グループ外の第3者の立場から研究の質を対外的に保証することが、「モニタリング」と「監査」の役割です。

この2つの違いについてですが、まず「モニタリング」は、基本的に研究者が自らの研究の質を管理するために行うものです。臨床研究は本来、製薬企業などが行う治験とは目的が異なり、医師ら研究者が自ら医学上の問題に対する学術的関心のため、あるいは新しい治療法の良し悪しの評価など医療上の課題のために行うものです。そのため臨床研究で行われるさまざまな活動、例えばデータを集めて分析し、研究論文にまとめるといった作業は、個々の研究者の良識に従来任されてきました。一人ひとりの研究者は、ルールを守り、研究計画に従って終始正しく研究を行うのが当然であるという前提で行われてきたわけです。しかし研究内容が次第に高度となり、1人ではなく複数の研究者、複数の施設で行う研究が多くなってきますと、事情が少しずつ変わってきます。研究者の中に不慣れな方がいたり、研究計画が複雑で間違いを犯しやすい場合には、正しくデータが取れていない、あるいは誤った解釈がされるなどの問題が生じやすく、論文や学会で発表される内容が結果的に不正確なものとなってしまう可能性が出てきてしまいます。そうした問題を防ぐには、例えばデータは研究計画通りに正しく集められているかといったことを研究グループとして確認するプロセスが大切で、これがモニタリングの重要な柱である科学的妥当性の確認につながります。また被験者の方々は適切な基準で選ばれているか、リスクの高い方には外れていただいたか、適切なインフォームド・コンセントを得て研究にご参加いただいているか、といった被験者保護への配慮が臨床研究ではとても重要で、適切な方を被験者としているか確認することも、モニタリングで特に重視されるポイントです。さらに研究に適用される法律や規則、倫理指針などのルールをしっかり守って研究を行っているかどうか、倫理審査で承認された研究計画から逸脱して研究を行っていないかなどを確認することも、法律や規則の順守という観点からモニタリングの重点になります。

大家:なるほど、よくわかりました。「監査」はいかがですか?

神山:「監査」は、研究を組織し運営する立場の方が、研究全体の質について、研究グループ外の第3者に依頼し、対外的に保証できるかどうか確認するプロセスを指します。監査においては、研究者の研究活動はもとより、モニタリングが適切に行われているかどうか、あるいはモニタリングで指摘された問題点などがその後適切に解決されているかどうか、といったことを含めて、研究グループ外の立場の監査担当者が確認します。医薬品や医療機器の承認申請のために行われる治験や、新たな医療の保険収載をめざして行われる先進医療制度の下での臨床試験、あるいは多数の施設で多くの被験者にご参加いただいて行われる大規模な臨床研究などでは、ルール違反の試験実施や不適切なデータ収集により、製造や販売の申請ができなくなる、保険収載が認められなくなる、あるいは研究成果が論文や学会などで公表できなくなるといった大きな損失につながりますので、「監査」の重要性が大きくなるといえるでしょう。

大家:企業が行う治験と比べた場合、研究者が行う臨床研究に対するモニタリングや監査は同じ位置付けなのでしょうか。

神山:治験のゴールは、医薬品や医療機器の製造販売承認を国から得ることですから、治験で行われるモニタリングや監査の重点は、臨床試験が適切に行われ、そうした薬事上の承認を得るに足るデータが適正に集められていることを確認することにおかれます。そのため治験のモニタリングや監査は、関連する法律や諸規則、研究計画を熟知した、経験豊富な専門家により行われることが通例です。

一方、臨床研究の場合には、モニタリングは研究責任者が自らの研究の質を確かめるために行う、自己点検としての性格が強くなります。つまり、研究が非倫理的な方法で行われたり、計画に反する方法で行われることによって、被験者の方々にご迷惑をおかけしたり、研究結果が誤った内容となったり、研究が継続できなくなったりすることを避けるために行われます。そのためモニタリングの実施方法としては、研究者が自ら行う場合、研究グループ外の研究者に依頼して行う場合、研究機関外の専門家に依頼して行う場合など、さまざまなケースがあります。

アカデミアでの臨床研究で監査が必要となる場合としては、その研究に対する社会的関心が高い場合や、倫理審査委員会および研究機関の意見、あるいは研究資金を提供するスポンサーの意向などにより、研究の質に関する体外的な説明責任が強く求められ、第3者による質の保証が特に重要となる場合が挙げられます。たとえば、医療界のみならず社会からの注目度が高く、研究結果が及ぼす影響が大きい多施設共同臨床研究などの場合には、研究全体が適正に行われているかを研究グループ外の独立した第3者が専門的見地から確認し、その意見を対外的に示すための監査が大きな意味を持つと思います。

大家:大変よくわかりました。ありがとうございます。多施設共同研究は、私も携わったことがありますが、施設間の差がやはりあって、いつも頭を悩ませています。今お話しを伺って、モニタリングで研究の質を担保することや、倫理がしっかりと守られているか再確認することの重要性について認識を新たにいたしました。

神山:おっしゃる通りだと思います。そもそもモニタリングや監査といったチェックは、観察研究であれ介入研究であれ、実行可能なら行うに越したことはありません。それにより研究の質が上がり、最終的に研究成果が信頼され重視されるエビデンスとなることが期待できるからです。ただしモニタリングや監査には費用や人手、時間がかかりますから、現在の倫理指針では一部の臨床研究についてのみモニタリングや監査の実施が規定されています。具体的には、「軽微でない侵襲を伴う介入研究」という種類の臨床研究について、モニタリングを必ず実施することとされています。また監査については、それぞれの研究により必要性が異なりますので、現行の倫理指針では必須とまではされていませんが、研究責任者の判断によって行うこととされています。

「軽微でない侵襲を伴う介入研究」とは、すなわち多くの臨床試験が該当しますが、研究が不適切に行われた際の影響が大きく、医学界や医療界のみならず社会にも及びます。特に比較的症状が重い患者さんを対象とする試験、未承認や承認外の医薬品や医療機器を使用する試験、あるいは大規模・長期に行う試験など、適切に研究を実施することの重要性が特に高い臨床研究では、モニタリングや監査の役割は大きいと思います。

大家:ありがとうございます。私たちのような臨床研究を実際に手掛けている者は、その辺の重要性、改めて確認すると被験者保護、科学的妥当性、そしてルールやプロトコルの遵守、この3つのことをしっかりと認識する必要がありますね。神山先生のお話を通じて、これらの重要性を改めて肝に命じました。若い先生にも、ぜひモニタリングや監査を厄介なものだと思わないでもらいたいですね。逆に、研究の質が担保されてより良いものになる、と前向きに捉えていただきたいです。

神山:ご指摘いただきました3点の重要性は、私個人の考えではなく国際的な共通認識で、医薬品に関する臨床試験の実施基準を示した日・米・EUの共通ルールであるGCP(Good Clinical Practice)にも明記されています。逆にいいますと、これら3点を踏み外さない限り、細かな部分で小さな逸脱などがあっても大きな問題とはならないことが多いのです。管理部門の仕事は、どちらかというと研究活動にブレーキをかける仕事のように思われていますが、実際は必ずしもそうではなく、大家先生が今おっしゃって下さいましたように、臨床研究をより良いものとするための舵取り役であると思っています。臨床研究に携わる研究者の方々が、道を踏み外さないように、路肩から落ちないようにするために、今後もサポートして参りたいと思います。

大家:そのとおりですね。今日はありがとうございました。

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対談後記

今回は貴重な機会を頂きありがとうございました。治験・臨床研究は、倫理性と質の確保が通常の診療にも増して重要で、当院でも特に重視している点ですが、そうした舞台裏を医師・研究者以外の方々へお伝えする機会は限られますので、その意味でも大変有意義な対談だったと感じています。
治験や臨床研究は、病院で日々行われているさまざまな診療活動の基礎を支える大切な役割を果たしていますが、患者さんやご家族のご理解とご協力なくしては進めることができません。当院が医療機関としてはもちろん、研究機関としても皆様に信頼される病院であり続けるために、今後とも努力して参りたいと思います。

神山 圭介 教授


神山先生は、倫理委員会や生命医科学倫理監視委員会の副委員長も務められており、慶應義塾大学病院の臨床研究に関するキーパーソンのお一人です。審査の過程では、病院で行われる臨床研究について丁寧に見て頂いており、そのおかげで我々は本当に安心して臨床研究が実施できております。今回は、そのいわば縁の下の力持ち的なお仕事について、分りやすく説明して頂きました。一般の方々だけではなく、お若い先生にも参考になるインタビューになったかと思います。今後も神山先生にお力添えいただきたく、引き続き宜しくお願いします。

大家 基嗣 教授